ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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クリスの言葉

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翌日の目覚めはあまりいいものではなかった。だけど気持ちは昨日よりかは浮上していて、何でもない顔で笑える。


「おはようございます、ユリウス殿下。本日も騎士団の訓練場へ参ります。本日はクリスもいっしょですので、殿下はもう少し休んでいてくださいませ」


目を覚まして起き上がった殿下にそう言うと、ユリウス殿下は何も言わずにベッドからおりた。

あれ、まだまだ時間は早いんだし、もうちょっと寝てたらいいのに。

首を傾げると殿下は言った。


「ちゃんと見ていないと君はすぐに怪我をするからね」


……だからそれが嫌なんだって。怪我を怖がってちゃ上達しないじゃんか。

この世界で過ごし、戦うことに慣れた。痛みに強くなった。怖いものが減った。それはいい変化なのかは分からないけど、今の私の人生には必要なもの。


「……ユリウス殿下が心配してくださるおかげで、わたくしは昨日一つの怪我もなく、ヴェルナー様との手合わせを終えました。殿下のおかげですわ」


成長もなかったけどね。殿下のせいで。

にっこりと笑ってそう言う。先の言葉は飲み込んで。きっと殿下には伝わっただろう。


「それはよかったよ。きっと今日も怪我一つなく終わるからね」


……ああ、そうですか。



訓練場で合流したクリスは、ユリウス殿下を見て少し嫌な顔をした。クリスには大体の事情は話している。私に向いた目が「置いてこなかったの?」と聞いているのが分かる。

違うよ、置いてこれなかったの。

首を振るとクリスはため息をついた。


「……殿下、エレナから話は聞いていますけど、邪魔するのは良くないと思いますよ」

「邪魔なんかしていないよ。僕はただ心配なだけ」


殿下はしれっとそう答える。確かに嘘ではないのだろう。そんな殿下にクリスは目をキッとつりあげた。


「過保護が過ぎます。鍛え直して欲しいと団長に頼んだのはエレナでしょう?怪我の一つや二つは当たり前です。殿下がそんなだったら訓練の意味がないではありませんか」


騎士団の人たちの目がこちらへ向く。ユリウス殿下に向かって堂々と意見するクリスにぎょっとしているのが見て分かる。


「殿下が過保護に守って、守り過ぎてエレナに何かあったらどうするんです?殿下が側にいない時にエレナに何かあったらどうするんです?戦えないと自分の身を守ることもできないんですよ」


クリスは私と同じ考え。クリスの言ったことは私の考えだ。怪我をするリスクをおかしてでも私は強くなることを選ばなければならない。


「そんなことはおきないよ。僕が側にいるから」

「いつだって側にいるとは限らないでしょう。今回だって肝心な時に殿下はいなかった。エレナが泣いていたことに気が付きましたか?私が帰った時に真っ赤な目をしていたことは知っていましたか?私はエレナにそんな思いはもうさせたくない。だから強くなろうと思ったし、強くなりたいと思うエレナに協力したいのです」


なんだって?クリスが帰った時に真っ赤な目?そんなことだれも言わなかったんだけど。気付かなかったんだけど。

そんなすっごくどうでもいいことを思った。


「必要ないよ。一時も側を離れるつもりはない」


ユリウス殿下の声に苛つきが混じっていた。クリス、と呼ぼうとする前にクリスが殿下に掴みかかった。


「立場を考えてください。そんなことは不可能です!」


周りから悲鳴が上がる。それはもちろん、クリスの身を案じての悲鳴だ。クルトお兄様が駆け寄ってくるのと、クリスが吹っ飛ぶのは同時だった。

思わず目を瞑る。そっと目を開けてクリスの方を見ると、地面には倒れていたけど、クルトお兄様が受け止めたようで大きな怪我はしていないようだ。

ほっとした。だけど何もできなかった自分が情けない。今だって動けない。元凶は私なのに。

クリスは立ち上がって殿下を睨む。


「もう何者でもなかった時とは違います。あなたもエレナも皇族です。立場を考えてください」


ユリウス殿下は無言。無表情でクリスを見ている。


「エレナはその背にたくさんのものを背負い、その手にたくさんの命をのせ、必死に守ろうとしているのです。それをあなたが邪魔をしてどうするのですか。守り、慈しむだけが優しさや愛情ではありません。ご存知でしょう?」


クリスがクリスじゃなかった。いや、目の前にいるのは確かにクリスなのだけど……。


「……ごめんなさい、クリス。本当はわたくしが言わなければならなかったのに」


正直に言うと、楽観視していた。ここへ来て、少し無理を言って稽古をつけて貰えばいいと思っていた。その結果多少怪我をしても殿下は困ったように微笑むだけだと。

まさかクリスがこんなふうに言ってくれるとは思わなかったし、殿下がそこまで譲らないとも、怒るとも思っていなかった。


「殿下、わたくしは強くなりたいのです。守ってもらうのではなく、守れるようになりたいのです。殿下のお気持ちはとても嬉しい。だけど今はただ応援していて下さるのが一番嬉しい」


面倒くさがらずに、伝わっていると思わずにちゃんと言うべきだった。


「少しの怪我では死にませんわ、殿下。それにわたくし、殿下が思うほど弱くないと思っているのですが、どうでしょう?」


クリスの言葉はかなり効いている。だけど殿下がクリスの言葉に折れることはない。だから、私の、妻のわがままに折れてくれると確信がある。

クリスには悪いことをしてしまった。だけどきっと私がどれだけ言葉を尽くしても全ては伝わらなかっただろう。クリスのおかげだ。

ユリウス殿下はふいと歩き出す。背中を向けて。「もう好きにして」と。

あ、少し拗ねている。

どこかへいく殿下の背中を眺めていたら、「早速離れてるじゃん」と、ため息混じりの声が聞こえた。確かに。

許可は出た。クリスがユリウス殿下に勝ったのだ。

私が怪我の確認をするためにクリスに駆け寄ると、クリスは右手をあげて掌を私に向けた。

あ、これは……。

私も右手をあげ、そこにタッチする。パァンという音が訓練場へ響き渡った。
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