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過去の真実
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再び言葉を失う。今度は驚きでではなく、ただなんと言ったらいいのか分からなかった。思えば、私はラルフとまともに会話をしたことがない。なぜなら驚くほどに話が通じなかったから。
それが今、まともになったラルフともできないのだから笑ってしまう。いや、笑えはしない。
「エレナ様が旅立ったのち、私は父のコネで城へ就職しました。そこで知ったのです。あなたがまだ十歳やそこらで見て来た世界を」
いやいや、言い過ぎじゃない?子供の時からお城に出入りしてたって言ったって、私は別に政治に関わったりはしていなかった。ただ余りまくった魔力を魔石に込めたり、魔法省で魔法の研究のお手伝いをしたり、陛下とお茶を飲みながら少し難しい話をしたりしていただけ。
「私に言えたことではありませんが、あなたはずっと好奇心や悪意にさらされて生きてきたのですね」
おおかた、お城で私のことについて色々な噂話を聞いたのだろう。自分が噂の的になっていたことは知っていた。
カイの友達として当たり前のようにお城の中を歩くただの伯爵家の娘。魔力量・才能に恵まれ、唯一光属性を使い、全ての属性をも使える人間。そして第一皇子に嫁入り。目立つ人生だ。良くも悪くも人目につくし、噂になる。
まだ結婚する前。権力を持つ前、自分がなんと言われているかは大体分かっていた。だけど仕方のないことだったし、どうしようもできないから見て見ぬふり。
それは未だに続いていることでもある。私をよく思っていない人間は結構多いのだ。
「あのような酷い言葉の中、なんでもないように笑っておられたあなたがどんなにすごかったのか、ようやく気が付いたのです」
そしてラルフは「私もあなたを傷付けた一人ですが……」と目を伏せた。
うん、確かにラルフからも結構酷いことを言われた。気にしてはいないけど、忘れてもいない。
「……わたくしはラルフ様の目にはあまりに立派にうつりすぎたようですわ」
例えば、よくしてくれていたお城の使用人が、影で私を悪く言っていた時。
例えば、私と仲良くなりたいとはにかみながら話しかけてくれたクラスメイトが泣きながら、「親に関わるなと言われたからもう話はできない」と言って来た時。
例えば、私の魔法を誉め、必要としてくれていた貴族が、リリーが出て来た途端、私を価値のないものを見るような目で見た時。
夜、布団の中で一人で泣いたことなんて別に珍しくはない。分かっていたことでも涙は出るのだ。それでも何でもないふりをしたのはそうするしかなかったから。
「いいえ、あなたが心無い言葉に涙を堪える姿は何度も見ております。涙することは悪いことではありません。涙しながらも前を向くことが強さなのだと、私は思います」
「わたくしの粗探しをする中で、ですか?」
笑いながらそう言うと、ラルフは一瞬驚いたような顔をし、可笑そうに笑った。
「ええ、その通りです。あなたの粗は見つけることができませんでしたが」
その時だった。首の後ろがピリッとした。
感じるのはユリウス殿下の魔力。殿下が魔法を使っている。しかもあまりよろしくない感じ。敵意がある。踊りながらそちらへ視線を向けると、人の間にちらりと見えた。やはりユリウス殿下が壁にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ている。
でもこれは多分私に向けてじゃない。私に対してだったら首がピリッとする程度じゃすまないだろうから。
誰かいるのだろうか。そう思い、振り向こうとすると、ラルフに手を軽く引っ張られた。そのまま私は移動する。
ラルフは話を続けた。
「……あの頃のあなたは随分と大人びて見えました。婚約者の私を見ることもなく、いつだって視線は遠くにあった。それがとてつもなく気に入らず、あなたに怪我を負わせてしまいそうになったこともありました。……本当に子供じみた、馬鹿げた独占欲です」
何を言われたのか、すぐに理解することは難しかった。少し考えて理解し、私はラルフの顔を見つめた。
それは、つまり、
「わたくしのことを好きだったのですか?」
ラルフは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「好きだったのかと聞かれると、私にもよく分かりません。ただ、あなたの心を欲していたことは確かです」
ステップを間違えた。
……今になっての衝撃の事実。私はただ単に嫌われていただけではなかったようだ。人の心とは難しい。
ラルフは笑った。ニヤッと。満足げに。
「ステップが乱れましたね」
だからさっき言ったじゃん。私はラルフが思っているほど立派ではない、と。
「あなたの努力には及びませんが、私も力の及ぶ限り尽くします。あなたのお力になれることがあればいつでもお声がけください。手でも、力でも、命ですら捧げる覚悟です」
「ラルフ様のお命はラルフ様のもの。わたくしが貰っても困りますわ」
ラルフは微笑んだ。そしてクルリとまわるよう誘導された。そのまま私はまわる。
「機会があればまた是非お話し致しましょう、エレナ殿下」
ラルフは自然と離れて行った。そして私の手は別の人に取られた。
それが今、まともになったラルフともできないのだから笑ってしまう。いや、笑えはしない。
「エレナ様が旅立ったのち、私は父のコネで城へ就職しました。そこで知ったのです。あなたがまだ十歳やそこらで見て来た世界を」
いやいや、言い過ぎじゃない?子供の時からお城に出入りしてたって言ったって、私は別に政治に関わったりはしていなかった。ただ余りまくった魔力を魔石に込めたり、魔法省で魔法の研究のお手伝いをしたり、陛下とお茶を飲みながら少し難しい話をしたりしていただけ。
「私に言えたことではありませんが、あなたはずっと好奇心や悪意にさらされて生きてきたのですね」
おおかた、お城で私のことについて色々な噂話を聞いたのだろう。自分が噂の的になっていたことは知っていた。
カイの友達として当たり前のようにお城の中を歩くただの伯爵家の娘。魔力量・才能に恵まれ、唯一光属性を使い、全ての属性をも使える人間。そして第一皇子に嫁入り。目立つ人生だ。良くも悪くも人目につくし、噂になる。
まだ結婚する前。権力を持つ前、自分がなんと言われているかは大体分かっていた。だけど仕方のないことだったし、どうしようもできないから見て見ぬふり。
それは未だに続いていることでもある。私をよく思っていない人間は結構多いのだ。
「あのような酷い言葉の中、なんでもないように笑っておられたあなたがどんなにすごかったのか、ようやく気が付いたのです」
そしてラルフは「私もあなたを傷付けた一人ですが……」と目を伏せた。
うん、確かにラルフからも結構酷いことを言われた。気にしてはいないけど、忘れてもいない。
「……わたくしはラルフ様の目にはあまりに立派にうつりすぎたようですわ」
例えば、よくしてくれていたお城の使用人が、影で私を悪く言っていた時。
例えば、私と仲良くなりたいとはにかみながら話しかけてくれたクラスメイトが泣きながら、「親に関わるなと言われたからもう話はできない」と言って来た時。
例えば、私の魔法を誉め、必要としてくれていた貴族が、リリーが出て来た途端、私を価値のないものを見るような目で見た時。
夜、布団の中で一人で泣いたことなんて別に珍しくはない。分かっていたことでも涙は出るのだ。それでも何でもないふりをしたのはそうするしかなかったから。
「いいえ、あなたが心無い言葉に涙を堪える姿は何度も見ております。涙することは悪いことではありません。涙しながらも前を向くことが強さなのだと、私は思います」
「わたくしの粗探しをする中で、ですか?」
笑いながらそう言うと、ラルフは一瞬驚いたような顔をし、可笑そうに笑った。
「ええ、その通りです。あなたの粗は見つけることができませんでしたが」
その時だった。首の後ろがピリッとした。
感じるのはユリウス殿下の魔力。殿下が魔法を使っている。しかもあまりよろしくない感じ。敵意がある。踊りながらそちらへ視線を向けると、人の間にちらりと見えた。やはりユリウス殿下が壁にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ている。
でもこれは多分私に向けてじゃない。私に対してだったら首がピリッとする程度じゃすまないだろうから。
誰かいるのだろうか。そう思い、振り向こうとすると、ラルフに手を軽く引っ張られた。そのまま私は移動する。
ラルフは話を続けた。
「……あの頃のあなたは随分と大人びて見えました。婚約者の私を見ることもなく、いつだって視線は遠くにあった。それがとてつもなく気に入らず、あなたに怪我を負わせてしまいそうになったこともありました。……本当に子供じみた、馬鹿げた独占欲です」
何を言われたのか、すぐに理解することは難しかった。少し考えて理解し、私はラルフの顔を見つめた。
それは、つまり、
「わたくしのことを好きだったのですか?」
ラルフは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「好きだったのかと聞かれると、私にもよく分かりません。ただ、あなたの心を欲していたことは確かです」
ステップを間違えた。
……今になっての衝撃の事実。私はただ単に嫌われていただけではなかったようだ。人の心とは難しい。
ラルフは笑った。ニヤッと。満足げに。
「ステップが乱れましたね」
だからさっき言ったじゃん。私はラルフが思っているほど立派ではない、と。
「あなたの努力には及びませんが、私も力の及ぶ限り尽くします。あなたのお力になれることがあればいつでもお声がけください。手でも、力でも、命ですら捧げる覚悟です」
「ラルフ様のお命はラルフ様のもの。わたくしが貰っても困りますわ」
ラルフは微笑んだ。そしてクルリとまわるよう誘導された。そのまま私はまわる。
「機会があればまた是非お話し致しましょう、エレナ殿下」
ラルフは自然と離れて行った。そして私の手は別の人に取られた。
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