ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
43 / 118

視点の違い

しおりを挟む
アリアの手を借りてドレスを脱いでいると、隣の部屋から人の気配がした。殿下が戻って来た。あの場をどう収めたのかは知らないけど早すぎる。

メイクを落とし、シャワーを終え、シャワー室を出ると、殿下はもうそこにいた。ベッドに腰掛けて本を読んでいる。

私は殿下を見る。殿下は本に視線を落としたまま。見られていることには気が付いているだろうが、何も言わない。立ったまま殿下をボーッと眺める。特に何も考えず。


「……ああ、そうか」


気が付けばそう呟いていた。殿下が初めて私を見た。


「どうしたの?」


アリアにもう下がるように言い、ベッドへ。別に考えていたわけじゃない。ただひらめいた。


「殿下やクリスが言ったのです。誰がユリウス殿下を怒らせたのか、と」


私やクリス、カイなど、ユリウス殿下に近しいものは皆思っただろう。殿下を相手に喧嘩をするなど馬鹿のすることだ、と。

しかしそれは私たちがユリウス殿下のことをよく知っており、その強さや恐怖を知っているからだ。きっと他の貴族から見るとユリウス殿下は『皇子』でしかない。

私たち以外を見る時のあの威圧感も冷たさも、無表情も全て『皇子』として不思議なことではない。それが当たり前すぎて、誰も知らないのだ。ユリウス殿下の本当の怖さ、怒ったらどうなるか、魔法をどのくらい使えるか、何が地雷なのか。


「知らないから平気で地雷を踏み抜く。そして今日のようなことが起きる。……皆、表面上の殿下しか知らないのですね」


だからユリウス殿下を相手に喧嘩を売る。そんなつもりはなくとも、結果的にそうなっている。殿下は隠すことが上手いから。

横になって目を閉じる。


「……それなら君は、何を知っているのかい?」


ベッドが揺れた。目を開けると、殿下が私を覗き込んでいた。怒ってはいなさそうだ。別に知ったかぶる訳ではない。単純に知っているだけ。


「ダンスが上手なこと」

「それは誰だって知っているよ」

「だけどお好きではないこと」


知ったのは今日だったけど。ユリウス殿下は驚き、面白そうに微笑んだ。


「寝る時は必ず右を向いて寝ること」


おかげで目が覚めるといつだって殿下の顔が見える。


「嫌いなものを見ると一瞬、目を細めること」


これは多分殿下自身も気が付いていないだろう。でも実はよくしている。特に嫌いな人を見た時など。


「優しそうだけど実はあまり優しくないところ」


殿下の優しさは限られた人にしか発動しない。しかもごく少数だ。


「わたくしとクリス以外を決して懐に入れないこと」


何か言いたそうな顔をする殿下。


「目的のためには手段を選ばないこと」


今度はふっと笑った。


「よく知ってるね」


まだまだある。多分誰も気が付いていないようなことも知っていると思う。夫婦としてうまくいっているかは分からないけど、それなりに長く一緒にいる。


「だけどいくつか訂正させてもらうよ。クリスに関しては別に懐に入れてはいない。あっちが勝手に入り込んで来るんだ」


うん、知ってる。


「だけど気に入っているでしょう?」


本当は男性であるクリスを未だに私のそばに置いておくくらいには。

私の言葉に殿下は「よく知ってるね」とまた同じ言葉を返した。


「それから、僕は別に右を向いて寝ているわけではないよ」


あれ、そうだっけ?でも私がいつ目を覚ましても殿下はこっちを向いているんだけど。


「僕は君の方を向いているんだ。いつ目を開けても君の寝顔が見える。幸せだよ」


……そういうことか。

殿下は私の隣に横になった。電気が消える。真っ暗な中で何も見えない。ただ隣の殿下の気配と声がするだけ。


「明日からは部屋から出ないでね。もちろん騎士団の訓練場もだめ」

「どのくらいの間でしょうか?」

「僕がいいと言うまで」

「分かりました」


嫌だと言っても意味がないことはもう分かっている。どちらにしろ私は今日のパーティーでかなり目立った。当分の間はできるだけ目立たずに過ごそうと思っていたところ。

「おや?」と殿下の意外そうな声。


「珍しく素直だね。何か企んでる?」


失礼な。ムッとしながらも答える。


「いいえ、何も。ユリウス殿下を信用しているのです」

「それは嬉しいね」


顔は見えなかったが、その声は本当に嬉しそうで、私も頬が緩んだ。



そして三日間、私はクリスとアリアと、三人で部屋から一歩も出ずに過ごした。殿下は日中はどこかへ行き、夜になったら私の隣で寝る。何をしているかは教えてくれなかったし、私も聞かなかった。

そして、三日目の夜に言われた。


「三日間閉じ込めてごめんね。明日からは好きに過ごしていいよ」

「はい」


何かは終わったのだ。さて、明日部屋の外はどう変わっているだろうか。不安と楽しみが半々。


「ところで、ユリウス殿下」

「ん?」

「ずっと言おうと思っていたのですが、もう一緒に寝てくれなくても大丈夫ですよ。魔法はとっくに戻っておりますし、何かあっても一人で対処できます」


一緒に寝て欲しいと頼んだのは、魔法が使えず私が弱かったから。何かあったら不安だったから。

魔法が戻った今となっては別に一緒に寝る理由もない。元々一緒に寝てくれと言うと嫌がったユリウス殿下だ。もう私のことは気にせずに一人で寝てもらって構わない。


「数日前にも言っただろう?目が覚めて、一番に君の顔を見る。それがなによりも幸せなんだ」


殿下はじっと私の顔を見つめて、微笑みながらそう言った。瞬間、顔が熱くなる。

ずるい、今のはずるい……!

ばふっと布団に半ばダイブして、枕に顔をうずめる。

かっこよすぎる。真っ直ぐな目も言葉も。そして何よりも顔がいい……!

イケメンに囲まれたこの世界でも一番かっこいいんじゃないかと思う。ぶっちゃけ、正規ルートのカイよりも。


「どうしたの?」


笑いを含んだ声だった。絶対分かっている。悔しい。少しだけ首を動かし、顔半分が枕に埋もれたまま、目だけで殿下を見ると、殿下は満足そうに笑っていた。


「かわいいね」


聞こえた言葉は無視した。


「……おやすみなさい」


何を言っても勝てないことが分かっているので、私はそのまま寝ることにした。人生は逃げることも大事だ、うん。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...