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答えられない質問
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翌日は朝から早速騎士団の訓練場へ向かった。数日ぶりなので、体がなまけてないといいけど……。
「おはようございます」
クリスと一緒にそう挨拶して入る。
「エレナ様!」
「おはようございます!」
すぐに駆け寄って来たのはカリーナとマリーナだった。双子の騎士団員。三つ年下で、訓練中に仲良くなり最近は自然と四人でいることが多い。
「パーティーで何かあったと聞きました」
「大丈夫でしたか?」
本当に心配そうに見てくる二人。
「ええ、わたくしも詳しくは知らないのだけど何事もないわ。心配してくれてありがとう」
「ああ、よかったぁ!」
ああ、かわいい……すごい懐いてくれているし、後輩って感じ!
ピーッと笛が鳴った。訓練開始の合図だ。端の方、いつもの場所に視線を向ける。そこにはユリウス殿下は立っていなかった。
訓練終了後、体を伸ばしているとカリーナとマリーナが近寄ってきた。
「エレナ様、明日騎士団の数人で魔獣を倒しに行くんです」
「よかったらエレナ様とクリス様もご一緒にいかがですか?」
おお、魔獣退治か。いいね。
魔獣退治も騎士団の仕事。何人かのグループを組んで倒すらしい。私は旅先で遭遇したら倒したりはしていたけど、あのメンバー以外と戦った経験はほとんどない。ぜひとも参加したいところだ。
騎士団の訓練の延長戦だ。ユリウス殿下もダメとは言わないだろう。
「いいわね。わたくしたちも参加しましょうか、クリス?」
「うん、いいと思うよ。訓練にもなるし、魔獣も減るし」
私たちの言葉に二人は嬉しそうに笑った。この程度で喜んでもらえるなんてとても嬉しい。
『では、また明日、よろしくお願いします!』
二人の声が重なり、同時に頭を下げて走って行った。相変わらず息ぴったりな二人だ。
「ねえ、エレナ、このことユリウス殿下には言う?」
「いいえ、言わないわ。言ったら絶対ついて来るもの」
ユリウス殿下が一緒に来たら訓練にならない。全部倒してしまうだろうから。騎士団が行く場所だ。命の危険はほぼない。クリスは頷いた。
その夜、ユリウス殿下は唐突に言った。
「麻薬の出所が判明したよ」
麻薬?咄嗟に何の話かピンと来なかったが、すぐに思い当たる。
「ああ、ラインハルト様の……」
まだ分かってなかったんだ、と思った。てっきりもう解決したものだと思っていたし、すっかり忘れていた。
「やっと突き止めることができたらしいよ」
突き止める?ああ、調べたんだ。てっきりフェルマー伯爵を拷問でもしたのかと思った。だってそっちの方が効率いいし殿下好みだろう。なぜそんな非効率なことを?
首を傾げると殿下は言った。
「拷問した手で君に触れたくないからね」
その言葉は嬉しい。だけど何と言ったらいいのか分からなかった。言葉を探している内に殿下は口を開いた。
「フェルマー伯爵は隣国から仕入れていたみたいだよ。そしてあれは隣国では禁止されているものだ」
あそこは国境いだった気がする。隣国で禁止された麻薬。あっちの国では売れないからこっちの国に売って稼いでいたのか。
「そこでね、フェルマー伯爵領へ誰か送ることになったんだけど、誰がいいかな?」
「それはどのようなことをするのですか?隣国との取引を禁止するわけにはいかないでしょう?どうやって売人を探し出すのです?」
例え探し当てたとしても隣国の人間はこの国で裁くわけにもいかないだろうし。
「うん、禁止はしない。むしろ取引して来てもらうつもり」
取引して来てもらう。ちょっと意味がわからない。もう少し詳しく話してもらえると助かるのだけど。これだから頭のいい人は。
「取引とは?」
「言葉通りだよ。麻薬を買って、ここへ持って帰ってもらう。それがあれば君が薬を作ることができるだろう?」
まあ確かに麻薬を全て取り締まることができない以上、それに対応できるようにすることが第一かもしれない。私やリリーの光魔法であれば、成分を分析した上で薬を作ることもできるだろう。
「だけどそう簡単に手に入れることができるでしょうか?」
「うん、そこだよ。フェルマー伯爵が持っていたら話は早かったんだけど、ラインハルトが拘束されてすぐに全て処分したらしいからね。正直、実際に売人から買うには信用を得ないといけないし、時間がかなりかかる」
「もしもこちらの人間であることがバレたら、どうなるのでしょう?」
なんて、聞かなくても分かっている。売人だって馬鹿じゃないのだ。さらにフェルマー伯爵領で今まで麻薬を買っていた人たちも敵になるだろう。今の時点で麻薬は禁止されていないが、これが大々的になれば自分達もどうなるのか分からないのだから。
「まず命はないだろうね。成功率は限りなく低い。だから僕としては出来る限り優秀な者を送りたい。推薦はある?」
涼しい顔でそう言ったユリウス殿下に、少し腹が立った。そんな話を聞いて私が誰かを推薦すると思ったのか。
それはつまり私がその誰かを死地へと送るということ。
「殿下は私が何と答えれば満足しますか?私はそれを聞いて何と言えばいいのです?」
声が刺々しくなってしまったが、ユリウス殿下は表情を変えなかった。
「別に死にに行けと言っているわけではないよ」
「同義です」
きっぱりとそう言う。しかし殿下は続ける。
「僕はヘンドリックを推薦しようかと思っているんだけど」
聞いた途端、目の前が真っ赤になった。
「だめ!!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。流石のユリウス殿下も驚いたような表情で私を見る。
「だめです。ヘンドリックお兄様をなんて、絶対にだめ。止めてください、お願いします」
涙がぽろぽろと溢れる。
ヘンドリックお兄様を信じていないわけではない。確かに優秀な人だ。行けば上手くやるだろう。それでもそんな危険な場所へ行かせるなんて許せない。
涙を拭いながらユリウス殿下を見る。殿下は困ったように微笑んだ。
「それなら、君の知らない人だったらいい?」
ハッとした。とても意地悪な質問だ。私は泣きながら首を横に振ることしかできない。
頷けるわけがない。私の知らない人が、知らない内に、知らない場所で死ぬ。知らないからいい?
そんなわけがない。
ぐしぐしと袖で涙を拭い、私は殿下を見た。わがままな子供を見るような目で私を見ている。
「……今日は一人で寝ます」
そう言って布団へと潜り込む。殿下は言った。優しく穏やかな声で。
「明日会議があるから、朝までに考えておいてくれるかい?」
返事はしない。少し経つと殿下は自室へと通じる扉をくぐり、扉が閉まった。
静寂の中で思う。
どうして私に言ったのだろう。どうして私に聞いたのだろう。どうして私は殿下に文句を言うことしかできなかったのだろう。
意地悪な殿下は嫌い。だけど殿下ばかり悪者にしている自分はもっと嫌い。
殿下は怒ってしまっただろうか。隣の部屋からはなんの物音も聞こえなかった。
「おはようございます」
クリスと一緒にそう挨拶して入る。
「エレナ様!」
「おはようございます!」
すぐに駆け寄って来たのはカリーナとマリーナだった。双子の騎士団員。三つ年下で、訓練中に仲良くなり最近は自然と四人でいることが多い。
「パーティーで何かあったと聞きました」
「大丈夫でしたか?」
本当に心配そうに見てくる二人。
「ええ、わたくしも詳しくは知らないのだけど何事もないわ。心配してくれてありがとう」
「ああ、よかったぁ!」
ああ、かわいい……すごい懐いてくれているし、後輩って感じ!
ピーッと笛が鳴った。訓練開始の合図だ。端の方、いつもの場所に視線を向ける。そこにはユリウス殿下は立っていなかった。
訓練終了後、体を伸ばしているとカリーナとマリーナが近寄ってきた。
「エレナ様、明日騎士団の数人で魔獣を倒しに行くんです」
「よかったらエレナ様とクリス様もご一緒にいかがですか?」
おお、魔獣退治か。いいね。
魔獣退治も騎士団の仕事。何人かのグループを組んで倒すらしい。私は旅先で遭遇したら倒したりはしていたけど、あのメンバー以外と戦った経験はほとんどない。ぜひとも参加したいところだ。
騎士団の訓練の延長戦だ。ユリウス殿下もダメとは言わないだろう。
「いいわね。わたくしたちも参加しましょうか、クリス?」
「うん、いいと思うよ。訓練にもなるし、魔獣も減るし」
私たちの言葉に二人は嬉しそうに笑った。この程度で喜んでもらえるなんてとても嬉しい。
『では、また明日、よろしくお願いします!』
二人の声が重なり、同時に頭を下げて走って行った。相変わらず息ぴったりな二人だ。
「ねえ、エレナ、このことユリウス殿下には言う?」
「いいえ、言わないわ。言ったら絶対ついて来るもの」
ユリウス殿下が一緒に来たら訓練にならない。全部倒してしまうだろうから。騎士団が行く場所だ。命の危険はほぼない。クリスは頷いた。
その夜、ユリウス殿下は唐突に言った。
「麻薬の出所が判明したよ」
麻薬?咄嗟に何の話かピンと来なかったが、すぐに思い当たる。
「ああ、ラインハルト様の……」
まだ分かってなかったんだ、と思った。てっきりもう解決したものだと思っていたし、すっかり忘れていた。
「やっと突き止めることができたらしいよ」
突き止める?ああ、調べたんだ。てっきりフェルマー伯爵を拷問でもしたのかと思った。だってそっちの方が効率いいし殿下好みだろう。なぜそんな非効率なことを?
首を傾げると殿下は言った。
「拷問した手で君に触れたくないからね」
その言葉は嬉しい。だけど何と言ったらいいのか分からなかった。言葉を探している内に殿下は口を開いた。
「フェルマー伯爵は隣国から仕入れていたみたいだよ。そしてあれは隣国では禁止されているものだ」
あそこは国境いだった気がする。隣国で禁止された麻薬。あっちの国では売れないからこっちの国に売って稼いでいたのか。
「そこでね、フェルマー伯爵領へ誰か送ることになったんだけど、誰がいいかな?」
「それはどのようなことをするのですか?隣国との取引を禁止するわけにはいかないでしょう?どうやって売人を探し出すのです?」
例え探し当てたとしても隣国の人間はこの国で裁くわけにもいかないだろうし。
「うん、禁止はしない。むしろ取引して来てもらうつもり」
取引して来てもらう。ちょっと意味がわからない。もう少し詳しく話してもらえると助かるのだけど。これだから頭のいい人は。
「取引とは?」
「言葉通りだよ。麻薬を買って、ここへ持って帰ってもらう。それがあれば君が薬を作ることができるだろう?」
まあ確かに麻薬を全て取り締まることができない以上、それに対応できるようにすることが第一かもしれない。私やリリーの光魔法であれば、成分を分析した上で薬を作ることもできるだろう。
「だけどそう簡単に手に入れることができるでしょうか?」
「うん、そこだよ。フェルマー伯爵が持っていたら話は早かったんだけど、ラインハルトが拘束されてすぐに全て処分したらしいからね。正直、実際に売人から買うには信用を得ないといけないし、時間がかなりかかる」
「もしもこちらの人間であることがバレたら、どうなるのでしょう?」
なんて、聞かなくても分かっている。売人だって馬鹿じゃないのだ。さらにフェルマー伯爵領で今まで麻薬を買っていた人たちも敵になるだろう。今の時点で麻薬は禁止されていないが、これが大々的になれば自分達もどうなるのか分からないのだから。
「まず命はないだろうね。成功率は限りなく低い。だから僕としては出来る限り優秀な者を送りたい。推薦はある?」
涼しい顔でそう言ったユリウス殿下に、少し腹が立った。そんな話を聞いて私が誰かを推薦すると思ったのか。
それはつまり私がその誰かを死地へと送るということ。
「殿下は私が何と答えれば満足しますか?私はそれを聞いて何と言えばいいのです?」
声が刺々しくなってしまったが、ユリウス殿下は表情を変えなかった。
「別に死にに行けと言っているわけではないよ」
「同義です」
きっぱりとそう言う。しかし殿下は続ける。
「僕はヘンドリックを推薦しようかと思っているんだけど」
聞いた途端、目の前が真っ赤になった。
「だめ!!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。流石のユリウス殿下も驚いたような表情で私を見る。
「だめです。ヘンドリックお兄様をなんて、絶対にだめ。止めてください、お願いします」
涙がぽろぽろと溢れる。
ヘンドリックお兄様を信じていないわけではない。確かに優秀な人だ。行けば上手くやるだろう。それでもそんな危険な場所へ行かせるなんて許せない。
涙を拭いながらユリウス殿下を見る。殿下は困ったように微笑んだ。
「それなら、君の知らない人だったらいい?」
ハッとした。とても意地悪な質問だ。私は泣きながら首を横に振ることしかできない。
頷けるわけがない。私の知らない人が、知らない内に、知らない場所で死ぬ。知らないからいい?
そんなわけがない。
ぐしぐしと袖で涙を拭い、私は殿下を見た。わがままな子供を見るような目で私を見ている。
「……今日は一人で寝ます」
そう言って布団へと潜り込む。殿下は言った。優しく穏やかな声で。
「明日会議があるから、朝までに考えておいてくれるかい?」
返事はしない。少し経つと殿下は自室へと通じる扉をくぐり、扉が閉まった。
静寂の中で思う。
どうして私に言ったのだろう。どうして私に聞いたのだろう。どうして私は殿下に文句を言うことしかできなかったのだろう。
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