ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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見抜けなかった心

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朝ご飯の時間はクリスにとって、とても居心地が悪かったであろう。何せ私と殿下が一言も喋らないのだから。

昨夜、何があったのかは言っていない。私はヒリヒリする目を隠すように俯き、ノロノロとご飯を食べた。私と殿下を交互に見るクリスには気付かないふりをして。



「エレナ、何、何があったの?喧嘩?」


ご飯が終わり、殿下が自分の部屋へと戻ると、クリスはヒソヒソと聞いてきた。

喧嘩?そうだと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃない。いつもと違うのは、私が一方的に言うのではなく、殿下も言い返してきたところ。

ーーそれなら、君の知らない人だったらいい?

あの質問は正直耳が痛かった。私が言っていたのは確かにそういう意味なのだ。

クリスの質問に肯定も否定もできず、私は微笑むしかなかった。クリスはその微笑みを見て、私が何も話す気はないと悟ったのだろう。少し傷付いた表情だ。

話して欲しかっただろう。だけど話すことはできなかった。この問題はクリスの心にも同じ影を落とすことが分かっているから。

廊下へと出ると、ちょうどユリウス殿下と鉢合わせた。慌てて殿下から目を逸らす。考えておいてくれと言われたが、答えは出るはずがない。何も言えない。

ユリウス殿下は笑わなかった。


「できるだけ君の気持ちを汲めるよう、頑張るよ」


すれ違いざまに殿下はそう言った。ユリウス殿下にしてはとても後向きな発言だった。

足が止まる。


「ねぇ、クリス。今日大事な会議があるらしいの」


声が震えた。もしかすると私は間違えを犯してしまったのかもしれない。


「そういう会議って誰が出るのかしら?」

「え?そりゃあ偉い人たちじゃないの?陛下とかエレナのお父さんとか、カイとか、公爵とか、侯爵とか……」

「ユリウス殿下とその人たちの意見が割れたら、殿下は勝てる?」


クリスは明るい声で答えた。


「殿下が負けるわけないよ!って言いたいところだけど、まず無理だろうね。多人数vsユリウス殿下ってなったら流石の殿下にもどうしようもないよ。立場的に」


勢いよく後ろを振り返る。ユリウス殿下はもうそこにはいない。

……殿下だって迷ってたんだ。誰も行かせたくないけど、誰かは行かせないといけない。誰がベストか。誰だったら他の人が納得するか。考えて、考えて、それでも決定的な答えは出なくて。もしかすると一縷の望みをかけて私にアイデアを求めてきたのかもしれない。

それを私は……。


「私、最低だ……」


その場にしゃがみ込む。立っていられなかった。


「エレナ?どうしたの?大丈夫?」

「謝らないと。私、ユリウス殿下に酷いことを言ったの。酷い態度を取ったの。謝らないと……」


立ち上がり、殿下の後を追いかけようとした私の手をクリスが掴む。


「何があったのかは分かんないけど、殿下は会議なんでしょ?エレナも一緒にって言わなかったってことは、来てほしくないんじゃないの?」


そう、そうかもしれない。いや、そうなんだと確信した。立場的には私も参加できるはず。意見を聞きながら、それでも一緒に、と言わなかったのは、私にとって楽しい話し合いじゃないからだろう。


「ほら、私たちも約束あるしさ。帰ってから謝ろうよ」

「……ええ、そうね」


カリーナやマリーナ、皆を待たせるわけには行かない。私はもう一度、殿下が歩いて行った方を見て、そして反対方向へ歩き出した。


もうすぐ訓練場に着くというところで名前が呼ばれた。誰かと思って振り向く。クリスが「げっ」と嫌そうな声を出した。


「……ラルフ様」

「どちらへ?」


ラルフは爽やかに笑い、私たちを見た。お城で就職したとは言っていたけど、今まで会ったことはない。ラルフの職場は私の生活圏にはないと思っていたけど……。


「騎士団員数名と魔獣の討伐へ行く予定です」


クリスが少し後ろへ下がる。やはりラルフのイメージはあまりよくないようだ。ラルフは少し考えるようなそぶりを見せた後、言った。


「それは楽しそうですね。もしよろしければ私もご一緒しても?」

「え?ええ、それは構いませんが……」


来るのはいいけど戦えるのだろうか。というのが本音。ラルフが剣を握っているところなんて全く見たことがないし、努力が嫌いなラルフだ。到底戦えるとは思えない。

私の考えていることが分かったのか、ラルフは言った。


「エレナ殿下には劣りますが、少しでしたら戦うことはできます。あなたに近付きたい一心で稽古しましたので」


穏やかな笑顔。後ろから「いや、ほんとに誰?」と小さく聞こえた。私もそう思う。


「ではご一緒しましょうか」


まあ何かあってもラルフ一人くらい守ることはできるだろう。隣で微妙な顔をしているクリスも何も言わなかった。
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