ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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騎士団の訓練場で双子と数人の騎士団員と合流した。ラルフが一緒なことは誰も何も言わず、むしろ歓迎されていたかのように見えた。


「では行きましょう」

「本日はエレナ様もご一緒ですので、歩いて行ける森へ行きます」


カリーナとマリーナが交代で話す。ラルフは「そっくりですね」と笑っていた。


三十分ほど歩くと森へ入った。騎士団員たちはそこそこの頻度で来ているのだろう。森の中でも迷うことなくスタスタと歩く。

うーん、これは私たちはまだしも、ラルフは大丈夫か?後ろを歩くラルフをこっそりと確認する。しかし難なく草や木をかき分けて進むラルフ。

なるほど、男の人は身長が高いから少しの草木は問題じゃないのか。一方、あまり身長の高くないクリスは全身で草をかき分け、たまに舌打ちをしながら私の前を進んでいる。

……クリスが舌打ちするなんて、あれは絶対ヘンドリックお兄様のせいよね。思わぬところでお兄様の影響が出ている。

どうか誰も気が付きませんように、と心の中で願い、私はクリスの後ろをついて行った。

少し開けた場所へと出る。あまり魔獣のいそうな雰囲気ではない。むしろ平和そうだ。お弁当でも持ってくればピクニックになったかな、とのんびりと考えていると、ラルフが笑った。


「魔獣がいるそうですが恐ろしくはないのですか?」

「ええ、まあ。魔獣よりも恐ろしい人を存じておりますので」


魔獣はあくまで魔獣だ。魔法を使うわけでもなければ剣も使わない。防具もつけない。ヴェルナー様やユリウス殿下に比べると赤子のようなものだ。


「ラルフ様こそ、魔獣と遭遇した経験は少ないのでは?」


経験だけでは圧倒的に私の方が多い。確認するまでもない。

ラルフは「お恥ずかしながら」と笑う。


「しかし私もエレナ様のお力になりたいと思ったのです。これが最後の機会でしょうから……」


最後の機会?どういうことだろう。クリスが何か知っているかと思い視線を送るが、何も知らないというふうに首を横に振る。


「先程立候補して参りました。フェルマー伯爵領へは私が行きます」

「え……?」


だからあそこにいたのか、という納得と、ラルフの力量で大丈夫なのか、という不安、それからなぜそのことを知っているのか、という疑問が同時に頭の中で渦巻いた。

すぐには理解ができなくて、何を言ったらいいのか分からなくてフリーズする私に、ラルフは続けた。


「昨夜父から聞いたのです。誰かが行って手に入れるべきなのだと」

「なぜ、なぜそのような危険なことに自ら……!」


大きな声が出た。騎士団員たちが何事かとこちらを見たが、私は言葉を止めることができなかった。


「殿下が成功率は低いとおっしゃったのです、あの殿下が。行ってはいけません。命を投げ捨ててはいけません……」

「それでも誰かが行かなければならないのなら、私が行きたいのです。少しでもエレナ様のためになれるのなら」


命が危機にさらされる状況に自ら飛び込む。それはどれほど勇気がいることなのだろうか。それは、どれほど馬鹿なのだろうか。


「……ずっと信じることができませんでした。目の前のラルフ様とかつてのラルフ様が同一人物だと。だけど今ようやく分かりました」


私がなんと言ってもラルフは行くつもりだ。覚悟を決めている。私が止めるのはとても失礼なことなのだろう。残される私にできるのはラルフを信じることくらいだ。

私は笑顔を浮かべる。作った令嬢の笑顔ではなく心からの。


「あなたはやっぱり少し愚かですわ」


私の言葉を聞いてラルフは笑った。しかし途端に表情が険しくなった。


「エレナ!」


クリスの叫び声も聞こえ、なに、と思う前に突き飛ばされた。地面に手をつき、すぐに起き上がる。

目の前の光景に絶句した。

ラルフに剣が突き刺さっていた。

キン、と甲高い音が聞こえ、そこには剣を受け止めるクリスの姿が。

剣の持ち主は、カリーナとマリーナ。


「エレナ、さま……」


掠れた声が聞こえ、呆然とラルフを見る。その顔は笑っていた。


「ご無事で、よかった」


そしてラルフの手から、足から力が抜け、目からは光が失われたのが見えた気がした。全てがスローモーションで見えた。

呼吸が早くなる。心臓がわけの分からないほどの速さで打っている。パニックになっていた。

だめ、死んでは、だめ……!

ラルフを貫いた剣がどちらのものか分からない。剣が引き抜かれる。その体は地面に倒れ込み、ピクリともしない。

ラルフにかけ寄る。治癒魔法はかからない。使っているのに、傷が治らない。


「エレナ!とりあえず逃げて!」


クリスの叫び声が聞こえるが、私は立ち上がれなかった。

ラルフはどうして動かないのだろう。どうして傷が治らないのだろう。さっきまで話していたのに。さっきまで笑っていたのに。

つい今まで、ここでーー。

心の底なら何かが込み上がってきて、頭を抱える。


「助けて……助けて、ユリウス殿下ーー!」


気が付けば叫んでいた。双子の笑い声が聞こえる。


「安心してください、あなたもすぐにあちらへ送って差し上げますので」


クリスが座り込んだ私の前に立った。


「なんでこんなことするの?あなた達は第一皇子派でしょ?」

「なぜ?それはこっちが聞きたいくらいです」

「なぜ六年も経って子が一人もいないのです?」

「なぜ六年も経って床を共にしていないのです?」


二人が交互に言うのを、私はただ聞いていた。クリスが「聞かれてたか……」と呟くのが耳に入る。それでも私は動けなかった。ラルフの刺し傷から視線が逸らせない。体が動かない。


「殿下のお心をもらえないばかりか、床を共にすることもなく、不貞をするような妃などいない方がマシだ!」


剣を交える音が響く。


「エレナ!立って!お願いだから!」


頭がぼーっとする。何も考えれない。考えたくない。動きたくない。


「あああ、もう!他の騎士団員はどこ行ったの……!」


クリスの半泣きの声。


「出発前に遅効性の毒を飲ませました。皆もう既に死んでいます」


死んでいる。そう、死んでいる。ラルフはもう、死んでいる。

ゆっくりと顔を上げると、双子のどちらかと目があった。ゆっくりと側まで歩いてきて、剣を振り上げる。

私は動かないままそれを見上げるだけ。避けないと、と思うが体は動かなかった。

クリスの私の名前を呼ぶ声が遠くに聞こえる。

そして、剣が振り下ろされた。
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