ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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奪われた命

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剣は私に向かって真っ直ぐに振り下ろされた。意識はあるのに心がなかった。目を閉じることなくそれを眺める。

途端、目の前から剣も、双子の姿も消えた。次いでバキバキバキ、と木の折れる音。

クリスが剣を手放し、肩で息をしながらどかっと地面に座り込んだ。


「よく頑張ったね、クリス」


聞き慣れた声。この場に似合わない柔らかな声。涙が頬をつたった。


「でんか……」

「うん、ごめんね、遅くなって」


ゆっくりと立ち上がって殿下に抱きつく。言葉は何も出ず、ただ涙だけが出た。

そんな私の頭を殿下は優しく撫でてくれる。


「教えてくれてありがとう。君の魔力のおかげでここまで来ることができた」


私は何もしていない。そう言いたかったがしゃくり上げるばかりで言葉にならなかった。

殿下の魔力が動く気配。私はだいぶ私を取り戻していた。


「殿下、なぜここへ!?」

「なぜ邪魔をするのです!?」


吹っ飛ばされた二人が戻ってきたのか、葉の擦れる音と共に声が聞こえた。


「……派閥争いなんて、くだらない」


そんな小さな呟きが耳に届く。派閥争い。そういえばさっきクリスも第一皇子派とか言っていた。

ようやく止まった涙を拭い、私は抱きついていた腕を解いた。後ろを向くと、切り傷や汚れのついた双子の姿が。


「殿下、その女を殺し新たな婚約者をお迎えください」

「殿下のお子様でしたらきっと優秀な方になります」

「光属性などなくともいいでしょう」

「心の底から愛することのできるような女性を」


双子の言葉が止まる。後ろからすごい殺気を感じた。怒っている、かなり。

双子の表情が変わる。それを見る前に私の視界は覆われた。あたたかい手。


「こんな醜いもの、君は見なくていい。こんな世界など知らなくていい」


優しい声だった。視界が塞がれたというのに不安など欠片もなかった。ゆっくりと頷く。殿下は「いい子だ」と私の耳元で囁いた。


「色々な噂は聞いているが、どれも事実無根だ。僕はエレナを心の底から愛しているし、エレナ以外と子を成すつもりも、そういった行為をするつもりもない」


はっきりとした声で殿下が言う。双子の反応は見えない。


「それからお前たちは勘違いをしている。パーティーの時のあの騒ぎ。あれはエレナではなく僕の魔力だ」


チラッと噂は聞いていた。パーティーのあの一件が全て私の仕業だと。あの騒ぎの後さっさと部屋に戻ったことで疑われたらしい。


「理由は分かるだろう?彼がエレナを殺そうとしたからだ」


彼とは私の後ろにいた人のことか。それが誰かは知らない。


「安心していいよ。彼は死んでいない。もう普通の生活に戻ることはできないだろうけどね」


怒っている声だった。怒りを隠さないとは珍しい。


「エレナ、今だけ約束を破るよ」


約束。いつかした私と殿下の約束。もう誰も殺さない、と。首を振れなかった。だめだと言えなかった。


「あいつらをこのまま帰すなんて怒りがおさまらない。君に害を与えるものは全て葬り去りたいんだ」


この場にいる誰にも聞こえる声量。もちろん、双子にも聞こえているだろう。カリーナとマリーナ。とても良くしてくれた。かわいかった。だけど許せない。二人はラルフを殺したのだ。

いいともダメとも言わない私を見て、ユリウス殿下は「ありがとう」と囁いた。

「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえ、そして一瞬ののち、何かが倒れる音がした。二つ。

体から力が抜ける。殿下の足元に座り込んだ私は自由になった目で、それを確認しようとは思わなかった。視界の端にラルフが見えた。

体が震える。自分の身体を自分で抱き締める。また涙が出てきた。鼓動が早まった。呼吸がうまくできない。

自分では冷静になれたと、落ち着いたと思っていた。しかし恐怖というのはそう簡単になくなるわけではない。


「エレナ」


静かな声が私を呼ぶ。反応はできない。地面を見つめたまま震える私はとても臆病に見えるだろう。それでもいい。今、私の目の前で命がなくなったのだ。冷静でなんていられない。


「ゆっくり息をして」


できない。自分が吸ってるのか吐いてるのかすら分からない。


「僕を見て」


そう言われて顔を上げる。ユリウス殿下の顔がはっきりと見えない。

息が苦しい。涙と震えが止まらない。鼓動がうるさい。もう限界だった。体が、心が。

助けて、と口を開くと声にならなかった。だがユリウス殿下は微笑んだ。


「うん、大丈夫だよ。君は僕が守るから。安心しておやすみ」


殿下の魔力を体内に感じ、そして私は私を手放した。
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