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悪夢
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森の中に一人で立っていた。隣にいるはずのクリスもユリウス殿下もいなくて。そして足元にはラルフが倒れていた。
恐怖で声も出ず、私は逃げ出す。訳もわからずひたすら走る。向こうにクリスの背が見えた。私は縋り付く。
ーーどうしたの?エレナ
振り向いたクリスの顔を見て、私は悲鳴をあげて後ずさった。クリスの口からは血が。お腹からは剣が。
ーーエレナ
ーーエレナ
あちこちから呼ばれ、気がつくと私は囲まれていた。カイ、リリー、レオン、マクシミリアン、ベアトリクス、カミラ、クルトお兄様、ヘンドリックお兄様。
皆一様に青白い顔をして、どこかしらから血を流している。
恐怖で足が動かなかった。立ちすくむ私の後ろからクリスが言った。
ーー私たち、死んじゃったよ。痛いよ、苦しいよ。ねぇ、エレナ
クリスがゆっくりと一点を指差した。そちらを見たくなかった。見てはいけないと分かっていた。だけど、私の体は勝手に動いた。
視線の先にはユリウス殿下の姿。地面に倒れ、そして、首と体がーー。
ーーどうしてエレナだけがイキテイルノ?
無理やり目を開いて勢いよく起き上がる。心臓がうるさく、息も上がっていた。
夢。夢だ。あんなのは見ていない。全部夢だから大丈夫。クリスはあんなこと言わない。
そう自分に言い聞かせても心臓は静かにならなかった。どうにかして現実を掴みたかった。ここに留まりたかった。右手で布団を握る。そうしないとまたあの夢の中に引き摺り込まれそうで。
自分の心臓が、息がうるさい。静かにしないと隣で眠る殿下が起きてしまう。また心配をかけてしまう。泣いても悔やんでも過去は戻らない。ラルフは戻らない。
しっかりしなくちゃ、しっかり……。
そう思えば思うほど、涙が出そうになる。
「エレナ」
唐突に呼ばれた声にびくっと体が揺れた。
「……ぁ、起こしてしまいましたね。申し訳ありません」
そう言って再び横になる。悪夢を見たことも泣きそうだったことも隠したかった。今殿下に何か言われたら泣きついてしまいそうだったから。
声が揺れていたかもしれない。不自然だったかもしれない。頭まで布団をかぶる。
「エレナ」
再び呼ばれた声に「なんですか」と小さな声で答えるが、殿下は何も言わなかった。仕方なく寝返りを打って殿下の方を向く。暗くて殿下がどんな表情をしているかは見えなかった。
そっと頬に手が触れる。ベッドの中で殿下が私に触れたのは、初めてだった。
下唇を噛んで、涙を堪える。鼻がツーンとした。
頬を触った殿下の手は私の頭へ移動する。そしてそのまま引き寄せられ、私は殿下の胸の中へ。私は殿下の服を握りしめた。あたたかい。こんなことされたら泣いてしまう。
いやだ、泣きたくない。涙と共に辛さが流れるから。涙と共に記憶が流れるから。心の傷が癒えてしまうから。
深く息を吸い、吐く。息が震えていた。だけど少しだけ涙はひいた。
「もう、大丈夫です。夜中なのにすみません」
そう言って離れると、殿下は困ったように微笑んでいた。暗い中、本当に見えたのか、私の心が作り出した幻だったのかは分からない。だけど私はもう殿下の顔を見ることができず、背中を向けて目を閉じた。
朝まで一睡もすることかできなかった。
明るくなってきた頃、ベッドを出ようとすると手首を掴まれた。振り返る。殿下は笑っていなかった。
「どこに行くの?」
「……どこにも」
どちらにしろ今一人でその辺りを歩けるほど神経は図太くない。
「昨夜は申し訳ありませんでした。寝ぼけていました」
殿下がじっと私の目を見る。全てを見透かすような目。私の嘘を全て剥がしてしまいそうな目。先に逸らしたのは私だった。
「顔を洗ってきます」
半ば無理やり殿下の手をほどく。立ち上がると少しフラッとはしたが、大きな問題はなかった。
昨日まで二日も寝てたんだもん。少しくらい寝れなくても大丈夫だよ。そう思ったが、鏡の中の私は思った以上に酷い顔をしていた。
こんな顔、アリアには見せられない。心配させてしまう。昨日、目が覚めて会ったのは殿下だけ。クリスは来なかったし、アリアが部屋に来た時はまだ寝ているふりをした。
……今日もそれで誤魔化せるかな、いや、でも今日は会議だ。いつまでも誤魔化すわけにはいかない。
「開けるよ」
その言葉と同時に扉が開いて、殿下が入ってきた。ついさっき起きたばっかりだというのにもう着替えている。
「着替えるの早いですね」
なんて心底どうでもいいことを言ってしまった。ユリウス殿下は「うん」と頷くだけ。私の手を引いて部屋へと戻ると、殿下はいつもの椅子に座り、考えに耽るかのように何もないところを見つめた。
……何か用事があったんじゃないの?
わざわざ来た殿下が、私を部屋へ戻すためだけだったとは思いにくい。しかし殿下は何も言わないし、いつも通りだった。
突っ立ったまま見つめていると、殿下は視線を動かさないまま言う。
「今の君を短時間でも一人にはさせない方がいいと思ったから」
私が酷い顔をしていることは何も言わない。私も何も言えない。
「……気にしすぎですわ」
そう言った私に殿下は何も言わなかった。
恐怖で声も出ず、私は逃げ出す。訳もわからずひたすら走る。向こうにクリスの背が見えた。私は縋り付く。
ーーどうしたの?エレナ
振り向いたクリスの顔を見て、私は悲鳴をあげて後ずさった。クリスの口からは血が。お腹からは剣が。
ーーエレナ
ーーエレナ
あちこちから呼ばれ、気がつくと私は囲まれていた。カイ、リリー、レオン、マクシミリアン、ベアトリクス、カミラ、クルトお兄様、ヘンドリックお兄様。
皆一様に青白い顔をして、どこかしらから血を流している。
恐怖で足が動かなかった。立ちすくむ私の後ろからクリスが言った。
ーー私たち、死んじゃったよ。痛いよ、苦しいよ。ねぇ、エレナ
クリスがゆっくりと一点を指差した。そちらを見たくなかった。見てはいけないと分かっていた。だけど、私の体は勝手に動いた。
視線の先にはユリウス殿下の姿。地面に倒れ、そして、首と体がーー。
ーーどうしてエレナだけがイキテイルノ?
無理やり目を開いて勢いよく起き上がる。心臓がうるさく、息も上がっていた。
夢。夢だ。あんなのは見ていない。全部夢だから大丈夫。クリスはあんなこと言わない。
そう自分に言い聞かせても心臓は静かにならなかった。どうにかして現実を掴みたかった。ここに留まりたかった。右手で布団を握る。そうしないとまたあの夢の中に引き摺り込まれそうで。
自分の心臓が、息がうるさい。静かにしないと隣で眠る殿下が起きてしまう。また心配をかけてしまう。泣いても悔やんでも過去は戻らない。ラルフは戻らない。
しっかりしなくちゃ、しっかり……。
そう思えば思うほど、涙が出そうになる。
「エレナ」
唐突に呼ばれた声にびくっと体が揺れた。
「……ぁ、起こしてしまいましたね。申し訳ありません」
そう言って再び横になる。悪夢を見たことも泣きそうだったことも隠したかった。今殿下に何か言われたら泣きついてしまいそうだったから。
声が揺れていたかもしれない。不自然だったかもしれない。頭まで布団をかぶる。
「エレナ」
再び呼ばれた声に「なんですか」と小さな声で答えるが、殿下は何も言わなかった。仕方なく寝返りを打って殿下の方を向く。暗くて殿下がどんな表情をしているかは見えなかった。
そっと頬に手が触れる。ベッドの中で殿下が私に触れたのは、初めてだった。
下唇を噛んで、涙を堪える。鼻がツーンとした。
頬を触った殿下の手は私の頭へ移動する。そしてそのまま引き寄せられ、私は殿下の胸の中へ。私は殿下の服を握りしめた。あたたかい。こんなことされたら泣いてしまう。
いやだ、泣きたくない。涙と共に辛さが流れるから。涙と共に記憶が流れるから。心の傷が癒えてしまうから。
深く息を吸い、吐く。息が震えていた。だけど少しだけ涙はひいた。
「もう、大丈夫です。夜中なのにすみません」
そう言って離れると、殿下は困ったように微笑んでいた。暗い中、本当に見えたのか、私の心が作り出した幻だったのかは分からない。だけど私はもう殿下の顔を見ることができず、背中を向けて目を閉じた。
朝まで一睡もすることかできなかった。
明るくなってきた頃、ベッドを出ようとすると手首を掴まれた。振り返る。殿下は笑っていなかった。
「どこに行くの?」
「……どこにも」
どちらにしろ今一人でその辺りを歩けるほど神経は図太くない。
「昨夜は申し訳ありませんでした。寝ぼけていました」
殿下がじっと私の目を見る。全てを見透かすような目。私の嘘を全て剥がしてしまいそうな目。先に逸らしたのは私だった。
「顔を洗ってきます」
半ば無理やり殿下の手をほどく。立ち上がると少しフラッとはしたが、大きな問題はなかった。
昨日まで二日も寝てたんだもん。少しくらい寝れなくても大丈夫だよ。そう思ったが、鏡の中の私は思った以上に酷い顔をしていた。
こんな顔、アリアには見せられない。心配させてしまう。昨日、目が覚めて会ったのは殿下だけ。クリスは来なかったし、アリアが部屋に来た時はまだ寝ているふりをした。
……今日もそれで誤魔化せるかな、いや、でも今日は会議だ。いつまでも誤魔化すわけにはいかない。
「開けるよ」
その言葉と同時に扉が開いて、殿下が入ってきた。ついさっき起きたばっかりだというのにもう着替えている。
「着替えるの早いですね」
なんて心底どうでもいいことを言ってしまった。ユリウス殿下は「うん」と頷くだけ。私の手を引いて部屋へと戻ると、殿下はいつもの椅子に座り、考えに耽るかのように何もないところを見つめた。
……何か用事があったんじゃないの?
わざわざ来た殿下が、私を部屋へ戻すためだけだったとは思いにくい。しかし殿下は何も言わないし、いつも通りだった。
突っ立ったまま見つめていると、殿下は視線を動かさないまま言う。
「今の君を短時間でも一人にはさせない方がいいと思ったから」
私が酷い顔をしていることは何も言わない。私も何も言えない。
「……気にしすぎですわ」
そう言った私に殿下は何も言わなかった。
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