ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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眠れない夜

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暗くなった部屋。ベッドの中で目を閉じ、先ほどの話を思い出す。

フェルマー伯爵領へ行くことの一番の危険は麻薬そのものではない、とユリウス殿下は言った。麻薬を使っていようが、魔力が見えようが、視界におさめて反応するまでに倒すことは簡単だと。所詮一般市民だから。

では何が危険なのか。それは王都の貴族達だそうだ。魔力を見ることのできる麻薬。それを皆が手に入れたがっているらしい。そりゃそうだ。そんな便利なものがあれば欲しい人はたくさんいるだろう。特に、私や殿下の魔法の力に怯えている人たちは。

そんな彼らの手先の人間が既にフェルマー伯爵領へいて、既に何人かは殺されてしまっているそうだ。麻薬の売人は皆が思っていた以上に用心深い。だから私たちが手に入れた麻薬を狙ってくる人間がいて、王都へ、城へ帰るまで安全は保証されない。

その点が、殿下が一番気にしていることだと言った。麻薬が欲しい貴族は一人や二人ではない。それぞれが雇った人間が何人いるのかも分からない。きっと帰り道はかなり余裕がなくなる。必ず死人が出る。殿下はそう言った。

……ユリウス殿下がそう言うくらいだから本当何だろうな。でも私と殿下だもん。どんな手練れが何十人来ようと負ける気はしないよ。

そんな自信があった。



夢を見た。またあちこちに皆が倒れている。血だらけな姿でピクリともしない。そして私は右手に血に濡れた剣を握っていた。

嫌だ。そう叫んだが声にはなっていなかったと思う。夢だ、これは夢だ。そう分かっていても覚めない。

ーーエレナ

ユリウス殿下がどこかから来て微笑む。私はその殿下の胸を貫いた。

生々しい感触。血を吐いて倒れる殿下。叫びはまた声にならなかった。剣は手から離れなかった。

ーーエレナ

殿下が血を流しながら起き上がり、私を呼ぶ。すぐに逃げ出したかった。すぐに現実へと戻りたかった。

ーー君が僕を殺した

違う。そう言いたかったが声は出ないまま。そして私は否定することができない。だってたった今、その肉体を差し貫くのをこの目で見たから。この手で感じたから。

私が殺した。殿下を、皆を、ラルフを。

ーーエレナ

違う、私じゃない。私は殺していない。そう否定するが、心の奥底では疑問が渦巻いていた。

本当に?本当に私は殺していないのーー?



「エレナ!」


鋭い声で私は帰ってきた。現実だ、と確信したのはユリウス殿下の少し焦った顔が見えたから。

全身が気持ち悪い。フルマラソンでも走ったのかと思うほどの息切れと汗の量だった。フルマラソン走ったことないけど。

起き上がって深呼吸をすると、少し落ち着いた。


「起こしてくださってありがとうございます」


まだ真っ暗だ。朝までは遠いだろう。もしかすると私が殿下を起こしてしまったのかもしれない。頬に触る。濡れていないことに少し安堵した。


「エレナ」

「大丈夫です。……少し、悪い夢を見ただけですから」


殿下が何か言う前にそう言う。心配してくれている。心配をかけてしまっている。重荷になりたくないのに。


「まだ朝ではありませんよね?もう一度寝ます」


殿下に背中を向けて寝転がる。そうは言ったが、寝れる気は全くしなかった。目を閉じるとあの光景がうつる。寝たらまたあの夢を見る。だけど私が起きていたら殿下も寝ないだろう。そう思うとベッドの中でただひたすら朝を待つしかない。昨日のように。

背中に感じる視線をガン無視。

大丈夫だから。私は大丈夫だから、殿下は寝ていいよ。朝になったら発たないといけないんだから。

少しして、優しい手が肩に触れ、寝返りをうたされた。ユリウス殿下の目が私を見つめる。


「眠れないでしょ」

「……いいえ」


そう言った私に殿下は「知ってるよ」と。


「昨夜も朝までずっと起きてたこと」


バレていたのか、と思った。だけどそれを知っている殿下だって起きていたということだ。


「殿下も寝てないのでは?私は大丈夫ですから、寝てください」


ユリウス殿下はそっと私を抱きしめた。その温もりは心を温めてくれる。ベッドの中。布団があっても少し寒いと思っていた。


「君が気になって寝れないよ」


はっとする。私は今ものすごく汗をかいているのだ。絶対汗臭いだろうし、殿下にもついてしまう。普通に恥ずかしい。

ぐい、と殿下の胸を両手で押しその腕から抜け出す。殿下は少し悲しそうな顔をした。

違う、そうじゃない。別に拒否したわけじゃない。それを伝えたかったが、今私が汗を気にしていることを言うのはこれまた恥ずかしい。

何か他の言葉を探すが何も見つからない。私は観念して口を開いた。


「大丈夫なんです、本当に。今この状況で、汗臭いのが恥ずかしいな、とか思うほどの余裕はあります」


ユリウス殿下が思っている以上に、私が自分で思っている以上に、私はとても冷静だ。

ユリウス殿下はふっと笑った。


「そう、じゃあ僕は気にしないから」


再び私は殿下の腕の中に。殿下が気にしないと言っても私はすごく気にする。殿下は私の肩に顔を埋めてすんすん、と匂いをかいだ。


「や、止めてください……!」


ぎょっとして離れようと腕に力を入れたが、一向に抜け出せなかった。くすくすと笑う殿下。


「大丈夫だよ、臭くない」


そんなの嘘じゃん。これだけ汗をかいてるのに臭くないなんて有り得ない。

私は全力で体をよじって、殿下の腕から抜け出そうともがいた。
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