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出発
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この後、私はユリウス殿下の腕の中で、一睡もすることなく朝を迎えた。殿下が寝ていたのかは見ていない。だけどきっと寝ていないんだろうなと思う。
地図を見ている殿下の顔をじっと眺める。普段通り。昨夜のことは一言も触れない。
視線をそらし、クローゼットを開ける。できるだけ目立たない服を探す。黒っぽいシンプルなワンピースを見つけ、それを取り出すと、突然殿下が言った。
「真っ白なワンピースがあったよね?あれは君によく似合っていたよ」
そう微笑む殿下。それは白いワンピースを着ろということだろうか。しかしあれは一目で貴族だと分かる。白い服は平民も着る。しかし真っ白な服は絶対に着ない。というか、そのような上等な生地は平民は買えない。
「……正面突破ですか?」
私的にはあまり目立たずにこそこそと行きたいところだけど、殿下が目立てと言うのなら、ある程度作戦は整っているのだろう。
「うん、君がいるならそれが一番早い」
「分かりました」
もぞもぞと服を着替える。あまり寝てはいないが、先ほど見た自分の顔は昨日ほどは酷くなかった。殿下のおかげだろうか。
「朝ごはんが必要ないならすぐに発つけど、どうする?」
お腹は空いていない。というかこれから馬で長距離の移動だと思うと何も食べない方がいいような気がした。下手に食べてしまうと吐きそうだ。
「大丈夫です。行きましょう」
ユリウス殿下が立ち上がる。椅子の背にかけていたマントを羽織り、部屋を出ると、そこにはアリアが立っていた。
泣きそうな、何か言いたそうな顔。
「大丈夫よ、アリア。すぐに帰って来るわ」
私が少し長くここに留まろうかと言うと嬉しそうに笑っていたアリア。結果的に私は嘘をついたことになるのだろうか。
「……どうか、どうか、お気を付けて」
震える声でそう言ったアリアを抱き締める。
「わたくしは誰にも負けないわ。信じてちょうだい」
「はい……」
もう一度強く抱き締めて離れる。ユリウス殿下の隣に並んで歩き出した私は、もう後ろは見られなかった。
泣かせているのは私。それでもアリアの泣き顔は見たくないと思うのは勝手だろうか。
お城を出ると、殿下は「ごめん、忘れ物をしたよ」と言ってどこかへ行ってしまった。私は何もせずその帰りを待つ。朝の空気は澄んでいてとても気持ちがいい。目を閉じてずっとこうならいいのに、と思った。
「エレナ!」
呼ばれた声に目を開けると、クリスが手を振りながら走って来ていた。部屋を出る時にいなかったからお見送りには来ないのかと思っていたが……。
「ごめん、ちょっと寝坊しちゃった」
よりにもよって今日寝坊するなんてクリスらしい。クリスの後ろにはヘンドリックお兄様もいた。
「お兄様もお見送りに来てくださったんですか?」
「餞別だ」
ポンと投げられた物を受け止める。それは手帳だった。なぜわざわざ手帳をくれたのだろうか。日記でもつけろと言うのか。
パラパラとめくってみて、その意味が分かった。それには全てのページに魔法陣が書かれていた。そしてよく見るとどの魔法陣もまわりの円が一部あいていて繋がっていない。
「もう魔力は入っている。円を繋げれば発動する」
なんと便利な……!
「対雑魚用にちょうどいいように作ってある」
「ありがとうございます」
正直、何をもらうよりも一番有難い。クリスが横で「自分だけ用意してずるい」と口を尖らせている。
「私も何か用意すればよかった……」
「何も要らないわよ、クリス。来てくれただけで十分」
大体決まったのは昨日だ。たった一晩で何かを用意するのは大変だ。手の中の手帳を見る。ではこれは?
インクや紙の感じから最近書かれたものだということが分かる。しかし一晩で作るには時間も魔力も足りないだろう。ヘンドリックお兄様に視線を向けると、お兄様は言った。
「行くなら私かお前だと思って用意していた。好きに使え」
「……ありがとうございます」
胸の前で手帳をぎゅっと抱き締める。
「皆からの伝言。『気を付けて、絶対に帰って来てね』って」
皆。多分私に近しい人たち。心がこもっているその言葉は、何度言われてもあたたかい。
「ありがとう。4.5日くらいで帰って来れるように頑張るわ」
何事も起こらず、スムーズに進んで最短でそのくらいだろう。あまり長くかける気はない。私も殿下も。
「お待たせ。行こうか」
ユリウス殿下が戻って来た。
「では行って参ります」
お兄様とクリスに頭を下げて歩く。後ろから「呼んでくれたら迎えに行くからね!」と聞こえたので、手を上げて返事をする。
「いいものもらったね」
ユリウス殿下が手帳を見て言った。中は見せていないが、殿下ともなるとこれを見ただけで大体分かるのかもしれない。魔力とかで。
「落とさないようにね」
「はい」
完成させたら発動する魔法陣。私が落とすと拾った人が誰でも使えてしまう。そう考えると怖い。無言で殿下に差し出すと、殿下はふっと笑って受け取ってくれた。必要な時にはくれるだろう。
「僕の馬でいいかな?寝不足で落ちられたら困るし」
私も馬から落ちる経験はあまりしたくない。
「はい」
そして私たちは王都を出た。
地図を見ている殿下の顔をじっと眺める。普段通り。昨夜のことは一言も触れない。
視線をそらし、クローゼットを開ける。できるだけ目立たない服を探す。黒っぽいシンプルなワンピースを見つけ、それを取り出すと、突然殿下が言った。
「真っ白なワンピースがあったよね?あれは君によく似合っていたよ」
そう微笑む殿下。それは白いワンピースを着ろということだろうか。しかしあれは一目で貴族だと分かる。白い服は平民も着る。しかし真っ白な服は絶対に着ない。というか、そのような上等な生地は平民は買えない。
「……正面突破ですか?」
私的にはあまり目立たずにこそこそと行きたいところだけど、殿下が目立てと言うのなら、ある程度作戦は整っているのだろう。
「うん、君がいるならそれが一番早い」
「分かりました」
もぞもぞと服を着替える。あまり寝てはいないが、先ほど見た自分の顔は昨日ほどは酷くなかった。殿下のおかげだろうか。
「朝ごはんが必要ないならすぐに発つけど、どうする?」
お腹は空いていない。というかこれから馬で長距離の移動だと思うと何も食べない方がいいような気がした。下手に食べてしまうと吐きそうだ。
「大丈夫です。行きましょう」
ユリウス殿下が立ち上がる。椅子の背にかけていたマントを羽織り、部屋を出ると、そこにはアリアが立っていた。
泣きそうな、何か言いたそうな顔。
「大丈夫よ、アリア。すぐに帰って来るわ」
私が少し長くここに留まろうかと言うと嬉しそうに笑っていたアリア。結果的に私は嘘をついたことになるのだろうか。
「……どうか、どうか、お気を付けて」
震える声でそう言ったアリアを抱き締める。
「わたくしは誰にも負けないわ。信じてちょうだい」
「はい……」
もう一度強く抱き締めて離れる。ユリウス殿下の隣に並んで歩き出した私は、もう後ろは見られなかった。
泣かせているのは私。それでもアリアの泣き顔は見たくないと思うのは勝手だろうか。
お城を出ると、殿下は「ごめん、忘れ物をしたよ」と言ってどこかへ行ってしまった。私は何もせずその帰りを待つ。朝の空気は澄んでいてとても気持ちがいい。目を閉じてずっとこうならいいのに、と思った。
「エレナ!」
呼ばれた声に目を開けると、クリスが手を振りながら走って来ていた。部屋を出る時にいなかったからお見送りには来ないのかと思っていたが……。
「ごめん、ちょっと寝坊しちゃった」
よりにもよって今日寝坊するなんてクリスらしい。クリスの後ろにはヘンドリックお兄様もいた。
「お兄様もお見送りに来てくださったんですか?」
「餞別だ」
ポンと投げられた物を受け止める。それは手帳だった。なぜわざわざ手帳をくれたのだろうか。日記でもつけろと言うのか。
パラパラとめくってみて、その意味が分かった。それには全てのページに魔法陣が書かれていた。そしてよく見るとどの魔法陣もまわりの円が一部あいていて繋がっていない。
「もう魔力は入っている。円を繋げれば発動する」
なんと便利な……!
「対雑魚用にちょうどいいように作ってある」
「ありがとうございます」
正直、何をもらうよりも一番有難い。クリスが横で「自分だけ用意してずるい」と口を尖らせている。
「私も何か用意すればよかった……」
「何も要らないわよ、クリス。来てくれただけで十分」
大体決まったのは昨日だ。たった一晩で何かを用意するのは大変だ。手の中の手帳を見る。ではこれは?
インクや紙の感じから最近書かれたものだということが分かる。しかし一晩で作るには時間も魔力も足りないだろう。ヘンドリックお兄様に視線を向けると、お兄様は言った。
「行くなら私かお前だと思って用意していた。好きに使え」
「……ありがとうございます」
胸の前で手帳をぎゅっと抱き締める。
「皆からの伝言。『気を付けて、絶対に帰って来てね』って」
皆。多分私に近しい人たち。心がこもっているその言葉は、何度言われてもあたたかい。
「ありがとう。4.5日くらいで帰って来れるように頑張るわ」
何事も起こらず、スムーズに進んで最短でそのくらいだろう。あまり長くかける気はない。私も殿下も。
「お待たせ。行こうか」
ユリウス殿下が戻って来た。
「では行って参ります」
お兄様とクリスに頭を下げて歩く。後ろから「呼んでくれたら迎えに行くからね!」と聞こえたので、手を上げて返事をする。
「いいものもらったね」
ユリウス殿下が手帳を見て言った。中は見せていないが、殿下ともなるとこれを見ただけで大体分かるのかもしれない。魔力とかで。
「落とさないようにね」
「はい」
完成させたら発動する魔法陣。私が落とすと拾った人が誰でも使えてしまう。そう考えると怖い。無言で殿下に差し出すと、殿下はふっと笑って受け取ってくれた。必要な時にはくれるだろう。
「僕の馬でいいかな?寝不足で落ちられたら困るし」
私も馬から落ちる経験はあまりしたくない。
「はい」
そして私たちは王都を出た。
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