ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
55 / 118

街の様子

しおりを挟む
到着したのは翌日のお昼だった。街へ入る前に殿下は馬を放した。

えっ、馬放しちゃうの?殿下の愛馬じゃないの?帰りはどうするの?

驚いていると殿下は言った。


「賢い子だから大丈夫だよ。呼べば戻って来るから」


それは初耳。賢いって言ったって賢すぎでしょ。私と殿下を二人も乗せて普通に一日走れるし、あの子何者なのよ。


「じゃあ行こうか」


街を見る。周りは高い壁に囲まれていた。国境いの街だ。守りがしっかりしている。出入り口は門を通る他なさそうだ。その気になれば上からも入れそうだけど。

門には兵士がいた。私たちは止められる。


「どこの人間だ?名前は?」


やる気のない様子でそう聞く兵士に殿下は言った。


「ユリウスとエレナだ。お前のような下っ端でも名前くらいは聞いたことあるだろう」


冷たい声、冷たい表情。それは殿下の『皇子』としての顔ではなく、意識して作っているようだった。

兵士は殿下を怒らせたかと思ったのか、慌てふためき頭を下げた。


「申し訳ありません!お通りください!」


殿下はそちらを一度も見ることなく歩き出した。私もその斜め後ろをついて行く。これからのことは何も聞いていないので、とにかくついて行くしかないのだ。

通りを歩くとたくさんの視線を感じた。貴族が珍しいのか、私たちのことを知っているのか。買い物中のおばさんや、お酒片手に店番をしているおじさん、その辺で遊んでいる子供まで。皆が私たちを目で追っている。


「まずは宿を取ろうか」

「はい」


殿下の言葉に頷くが、どうせ私は殿下について行くだけだ。せめて周りを見ながら歩く。ぶっちゃけ普通。普通の街にしか見えない。

おかしなところはない。売人らしき人も、麻薬でおかしくなっている人も見えない。賑やかだし、人はたくさんいて混雑しているところもあるけど、王都だって貴族街を一歩出たらこんな感じだ。


「ここだね。少し待ってて」

「はい」


殿下が宿屋へと入って行った。残された私は入り口の近くに立って通りの様子を眺めた。ここは大通りだろう。麻薬の密売をしているならやはり路地だろうか。

暗がりへ続く横道へ視線を向けるが何も見えない。そんなことを考えていると、目の前で3歳くらいの女の子がこけた。

うわ、あれは絶対痛いやつ。

こけ方とか音とかがちょっと尋常じゃなかった。怪我してるだろうな、と思い宿屋の前から離れた時だった。


「邪魔なんだよ!このガキ!!」


そんな声と共に、こけた女の子の体が吹っ飛んだ。一瞬訳が分からず、体が動かなかった。女の人が、うずくまって咳き込む女の子を背に庇う。そうなって私はようやく走り出せた。


「止めてくださいませ」


女の子と女の人の前に立って、薄汚れた男を見る。この人だ、と確信した。よく見えなかったが、この人が女の子を蹴り飛ばした。


「ああ!?なんだお前ぇ!」


怒鳴る男を見る。焦点があっていない気がする。あの時のラインハルトと少し重なる。

……当たりかな?

何か言おうと思って口を開いたが、特に言うことが見つからず、閉じる。そんな私の何かが気に入らなかったのか、男は「くそがぁ!」と叫びながら突進してきた。

周りに人がいるので剣は出さない。私は突進してきた男をその勢いのまま投げ飛ばした。ヴェルナー様は剣と一緒に体術も教えてくれている。周囲から控えめな歓声が上がった。

男は地面に叩きつけられ、動けない様子だ。


「大丈夫ですか?」


振り向くと、女の子は女の人に抱きしめられて泣いていた。怪我をしていないわけがない。そっと女の子に触れ、治癒魔法をかけた。膝の怪我が治る。この感じだと他の見えないところの怪我も治っただろう。

お母さんはもちろん、周りにいた人たちがそれを見て言葉を失っている。

まあ、見慣れないとそうだよね。全然見てもらってもいいよ。私は慣れてるし。

旅の間も奇異の目に晒さるのは珍しくなかったのだ。たくさんの視線を無視してまだのびている男を魔法で拘束した時、ユリウス殿下が戻ってきた。


「ああ、早速一人いたみたいだね」

「はい。この男、どうしますか?」

「治癒魔法かけて放置しておこうか」


とりあえず薬さえ抜いてしまえば問題ないもんね。治癒魔法をかけると男はすぐに苦しみ出した。あ、しまった。さっき投げ飛ばした時の怪我まで治してしまった。不覚。

女の子のお母さんを見る。先ほどと変わらず女の子を抱き締めていた。


「このようなことは頻繁にあるのですか?」

「は、はい。珍しいことでは……」


少ない言葉。完全に警戒されている。貴族だからか、街の人間ではないからか。両方かもしれない。


「事前に防げなくてごめんなさい。痛かったわよね……」


女の子はまだ泣いている。子供を蹴る大人なんてクソだ。なんて、絶対に口は出せないようなことを思う。


「この方には決して手を触れないよう、皆様気を付けてくださいませ」


それだけ言って、私は殿下を見た。殿下は歩き出す。私もその後ろをついて行った。

後ろから小さな声で感謝の言葉が聞こえたような気がして、胸が温かくなった。

ここへ来た目的は麻薬を持ち帰ること。しかしたった今変わった。必ずこの街の闇をあばき、腐った人たちを一人残らず叩きのめす。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...