ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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狂気なエレナーーユリウス

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終わった。

そう思ったのは彼女がそれを口にした瞬間だった。想定できる範囲で一番避けなければならない状況。それが今起こっている。

エレナは口に入れた葉をゆっくりと噛み締めて飲み込んだ。

こうなることは予想はしていた。だと言うのに止めることができなかったのはエレナが僕に対して攻撃してきたことが原因だ。避けなくても大した怪我はしない程度の魔法。思わず避けてしまったのは、彼女からの攻撃は全くの予想外だったから。あの瞬間、頭が、体が止まった。

さて、どうしようかな。

あの麻薬は粉末にするよりも、パイプで吸うよりも、葉の状態で取り込むことが一番強い作用を与えると聞いている。よりにもよってエレナはその状態で取り込んだ。

四属性、光属性を使え、魔法の才に溢れた彼女。そして何よりも魔法を僕でも考えつかないような形で使うのが彼女の一番の才だと言っても過言ではない。それは恐らく違う世界で生きた経験があるからなのだろう。

そんな彼女が麻薬を口にしてしまった。正気を保ってくれたら助かるが、そうじゃなかったら僕もこの街も、この国ですら次の瞬間にはないかもしれない。

正直、打つ手は何もない。

ため息をついた瞬間、ぞわっと鳥肌がたった。エレナの魔力がとんでもない存在感を放ち、変わる。

魔力そのものが変質していた。いつもは澄んでいる彼女の魔力。それが今は濁っている。


「あはははっ!なるほど、これは、これはすごい……!」


エレナは笑った。狂気だった。

生まれて初めて、怖い、と本気で思った。反射的に魔法を撃ってしまうのをどうにか我慢するが、魔力を落ち着けることはできなかった。

最悪だ。


「殿下、すごいですよ!私、今なら何でも出来る気分です……!」


そうだろう。君は今なんでもできる。分かるよ。

僕はどうしたらいいのか分からないというのに、楽しそうに笑っているエレナに少し腹が立った。思えば彼女はいつも僕の言うことを聞かない。わがままを許してしまう僕も悪いのかもしれないけど。

……惚れた弱みってやつだよね。とりあえず今は彼女を信じるしかないかな。


「すごいだろう?どうだ?俺たちと来ればお前にもわけてやる。その代わり、その力を俺たちのために使え」


売人の男達は恐怖で身体がすくんでいるようだ。それでも言葉を発することができてのは、この場を無事に去るには彼女を味方につけるしかないと思ったからだろう。

残念だけど、それは許せない。僕のエレナは誰にも渡さない。例え、エレナがそれを望んだとしても。


「残念ながら、わたくしのこの力はもう誰のために使うか決まっておりますの!」


上擦った声でそう言うエレナに、僕は心の底から嬉しくなった。正気を失ってもエレナはエレナだ。

きっとすぐに戻ってくれるだろう。そう思っていた。しかし一向にその気配はない。

エレナがこちらを見る。何を考えているのか、その狂気的な笑みの下は分からない。


「全てーー」


彼女がそう呟いた瞬間だった。

彼女の手の中の麻薬がボロボロと崩れ始めた。売人達のパイプからも葉が消える。

再び恐怖を感じた。身体がすくんだ。今エレナの魔力に包まれている。全てが彼女の魔力の中。彼女が少し気分を変えただけで全て消えて無くなる。それは麻薬だけでなく、僕も、王都にいるクリス達もそうだろう。

……魔力が見えるかもしれないということは聞いていたけど、魔力が増えるとは聞いていないよ。勘弁してくれ、本当に。しかもこれ……。

触れて分かった。これは僕と同じ魔力。そしてエレナが今使っているのは全てを滅ぼす魔法。少しアレンジが加えられているが間違いない。

それは闇属性の魔法だよ、エレナ。

エレナを信じるしかない、とか言っている場合じゃない。今のエレナの気分に世界の命運を託すのはとんでもなくリスクが高い。

僕に止めることができるだろうか。魔力を魔法に変える直前にまで高める。今の彼女は僕の手には負えない。殺されるかもしれない。それでもやるしかなかった。彼女を殺してでも止める。そして、僕も死ぬ。

心を決めて少し動くと、エレナはすぐに僕を見た。反応が早すぎる。ほんの少ししか動いていないはずだ。

ギクっとして動きを止めると、エレナは笑った。その笑顔から感じたのは狂気のみ。動いたら殺される。直感的にそう思った。エレナにその気はなくとも、今のエレナが少し魔法を使うだけで僕は死ぬ。今限りなく死に近いところにいるのが自分で分かった。

体が動かない。動けない。狂いそうなほど長い数秒だった。エレナの魔力がふっと消え、売人達が苦しみ出した。その時になって気が付いた。

息が止まっていたのだ。無意識に、息をすることすらも恐れていた。この僕が。

気はすんだのだろうか。


「エレナ」


そう呼んだ声は少し掠れていた。万が一攻撃されてもすぐに反応できるよう、警戒は解いていない。エレナがゆっくりと振り返って僕を見た。


「そう怖い顔をしないでくださいませ。わたくしは正気ですよ?」


無理な話だ。その笑顔は少し狂気が薄れた気がするが、やはり彼女の心は見えない。


「君は今普通じゃない。頼むから早く戻ってくれ」


僕は君を殺したくない。そして君に殺される気もない。僕が死んだら、正気に戻った君はきっと、本当に狂ってしまうだろうから。君の為に死ねない。

エレナは少ししてため息をつき、地面に座り込んだ。ふっと空気が緩む。確認せずとも分かる。元の彼女だ。


「大丈夫かい?」

「ええ、少し体がだるいですが、他の方のように苦しむことはありません」

「1回目だからね。辛いのは何回も繰り返した後だよ」


何でもない風を装ってそう言ったが、僕はすごく安心していた。どれくらいかと言うと、小躍りして喜びたいくらい。


「……最高で、最悪な気分でした」

「そうだろうね。僕も生きた心地がしなかったよ」


だからもう一生麻薬は口にしないで欲しい。このたった数分で寿命が確実に縮んだ。

だんだんとエレナの目が虚になっていく。間違いなく魔力切れだろう。予備の魔法薬を取り出そうとすると、エレナは「やっぱりもう少しあのままでいた方がよかったかな」と呟いた。


「それはやめて欲しいな」


心の底からの思いが口をついて出た。エレナに聞こえたのかは分からない。そんなやり取りのせいで魔法薬は間に合わなかった。

……さて、どうやって飲ませるべきか。もう少しやることが残っているからね。

できれば寝かせておいてあげたいところだけど、ずっと囲まれているのだ。今襲われたとして、気絶したエレナを抱えて彼らの相手はできない。

先ほどとは打って変わった平和な寝顔を眺め、僕は不味い薬を口に含んだ。
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