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聖女
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「げほっ……!」
あまりの不味さに飛び起きると、ユリウス殿下が私を覗き込んでいた。
……え、なに、どういう状況だっけ?
確か、えっと、麻薬を食べて、全部消して……で、魔力切れで倒れたのか。
口の中や喉に苦味やピリピリとした刺激、臭みを感じる。間違いなく魔法薬だ。なるほど魔力が回復したから目が覚めたんだね。
「何本盗って来たんですか?」
「二本。もうないよ」
ああ、そう。てっきり持ってきたのは一本だけかと思っていた。ユリウス殿下はさっさと大通りの方へ歩いて行く。
「あー、まず」
口を押さえながらそう言って。
……え?まずいのは私なんだけど。
途端、ぼっと顔が熱くなった。それは、もしかするともしかするのでは!?いやいやいや、半分殿下が飲んだだけかもしれないし!?そうだ、きっとそう!
半分しか飲んでいないにしては魔力が回復しているが、それはもう考えないことにした。余計な考えは吹き飛ばすように頭を振って、小走りで殿下の後を追いかけた。
大通りに出ると不自然なほど賑やかだった。
「……何かあったのでしょうか?」
「うん、何かあったんだろうね」
ユリウス殿下は微笑む。全てを分かっているように。何があったかを説明して欲しいんだけど。そう思いながら向かったのは街の中心の広場だった。そこは人で溢れている。
「そうなの、今朝急に」
「私も痛みで寝られなかったくらいなのに、突然痛みも傷も無くなったのよ」
「俺なんか死ぬかと思うくらいの深い傷が一瞬で消えちまったんだ!」
「娘の病気が治って、ほら、こんなに元気に!」
……なるほど。そういえばそうだよね。
麻薬を抜く為に街全体に使った魔法。あれは治癒魔法なのだ。怪我も多少の病気も治る。魔法が作用したのはこの街にいた全員だ。
「これ、どうするのです?」
すっかり大騒ぎだ。急に治った怪我や病気。しかし治った理由が分からず、皆戸惑い、どこへ行っていいのか分からずにここへ集まっているようだ。
「大丈夫、予定通りだから」
ユリウス殿下はそう言った。これは筋書き通りなのか。それなら安心。
その時だった。どこかから悲鳴が聞こえた。体がすぐに動き、そちらへ走る。私たちが来た方だった。
「おい!女ぁ!どこにいる!出て来い!」
聞き覚えのある声とたくさんの悲鳴。子供の鳴き声。人をかき分け辿り着いた先にその男はいた。路地へ置いて来た売人の一人。
右手には剣。周りには血を流す人が数名。苦しいはずなのに動けているのは意地と根性だろうか。
「いるじゃねぇか、お前このままですむと思ってんのかぁ!?」
いやいや、このままですむと思ってんのか、ってこっちのセリフだし。せっかく見逃してあげたと言うのに。いや、違うな。せっかく殿下に見逃してもらえたのに。
「おい、聞いてんのか!そこの化け物!お前だよ!」
明らかに私を指差していた。化け物とは私のことだろうか。
「いいよ、君は気にしないで。僕が片付けてくるから」
ああ、ほら、殿下が来てしまった。「殺さないで」とは言えなかった。ユリウス殿下は男を引きずるようにして連れて行った。
切り付けられた傷から血を流して泣く少女に近寄る。あそこでちゃんと片付けておくべきだった。私が中途半端にしたから怪我した人がいる。
怯える少女の傷を魔法で治す。続けて他の人も。それはすぐに終わった。ふう、と息をついて立ち上がると急に歓声が上がった。
え、なに、なに。
まわりを見ると誰もが私を見ていた。
「聖女様!」
「ありがとうございます!」
「聖女様のおかげです!」
はぁ!?
意味がわからない。だけど誰もが口々にそう言っていた。なに、聖女って何?私のこと?
「ありがとう、せいじょさま。せいじょさまのおかげで、わたしのびょうきがなおったんだって。ママが言ってた!」
小さな女の子が私の前に来てそう言った。
「おい!やつらを倒してくれたのも聖女様らしいぞ!見たやつがいる!」
「あいつらを?」
「じゃあもうあの薬に苦しめられずに済むのか!?」
「もう殴られないのね!」
あちこちからそんな声が上がった。
『聖女様!聖女様!』
そしてコールが始まった。地を揺るがすほどの声。ここの人たちは本当に苦しめられていたんだと分かる。
だけど違う。私は聖女じゃない。止めてほしい。そんなのは、この街には必要ないのだ。必要ない街にしないといけないのだ。
涙が出た。私の近くから歓声がざわめきに変わっていく。やがて、聖女コールは止んだ。
「エレナ、どうして泣いているのかい?」
ユリウス殿下が戻ってきた。これが殿下の描いたストーリーなのだろうか。そうだったら申し訳ないけど、私は聖女役になんてなれない。
「……聖女など必要のない世の中が一番いいのです。そんな国を作れない自分がとても情けない……!」
本当ならもっと早くこの街のことに気が付いてどうにかするべきだった。苦しんでいる人たちを助け出すべきだった。とても遅くなってしまった。その間にどれだけの人が酷い目にあったのか。どれだけの命が失われたのか。悔やんでも悔やみきれない。
私のことを聖女だなんて呼ばなくていい世界はなかったのだろうか。人々が平和に、心穏やかに過ごせるのなら聖女なんていらないのだ。
私はたくさんの視線から逃げるように背中を向けた。
あまりの不味さに飛び起きると、ユリウス殿下が私を覗き込んでいた。
……え、なに、どういう状況だっけ?
確か、えっと、麻薬を食べて、全部消して……で、魔力切れで倒れたのか。
口の中や喉に苦味やピリピリとした刺激、臭みを感じる。間違いなく魔法薬だ。なるほど魔力が回復したから目が覚めたんだね。
「何本盗って来たんですか?」
「二本。もうないよ」
ああ、そう。てっきり持ってきたのは一本だけかと思っていた。ユリウス殿下はさっさと大通りの方へ歩いて行く。
「あー、まず」
口を押さえながらそう言って。
……え?まずいのは私なんだけど。
途端、ぼっと顔が熱くなった。それは、もしかするともしかするのでは!?いやいやいや、半分殿下が飲んだだけかもしれないし!?そうだ、きっとそう!
半分しか飲んでいないにしては魔力が回復しているが、それはもう考えないことにした。余計な考えは吹き飛ばすように頭を振って、小走りで殿下の後を追いかけた。
大通りに出ると不自然なほど賑やかだった。
「……何かあったのでしょうか?」
「うん、何かあったんだろうね」
ユリウス殿下は微笑む。全てを分かっているように。何があったかを説明して欲しいんだけど。そう思いながら向かったのは街の中心の広場だった。そこは人で溢れている。
「そうなの、今朝急に」
「私も痛みで寝られなかったくらいなのに、突然痛みも傷も無くなったのよ」
「俺なんか死ぬかと思うくらいの深い傷が一瞬で消えちまったんだ!」
「娘の病気が治って、ほら、こんなに元気に!」
……なるほど。そういえばそうだよね。
麻薬を抜く為に街全体に使った魔法。あれは治癒魔法なのだ。怪我も多少の病気も治る。魔法が作用したのはこの街にいた全員だ。
「これ、どうするのです?」
すっかり大騒ぎだ。急に治った怪我や病気。しかし治った理由が分からず、皆戸惑い、どこへ行っていいのか分からずにここへ集まっているようだ。
「大丈夫、予定通りだから」
ユリウス殿下はそう言った。これは筋書き通りなのか。それなら安心。
その時だった。どこかから悲鳴が聞こえた。体がすぐに動き、そちらへ走る。私たちが来た方だった。
「おい!女ぁ!どこにいる!出て来い!」
聞き覚えのある声とたくさんの悲鳴。子供の鳴き声。人をかき分け辿り着いた先にその男はいた。路地へ置いて来た売人の一人。
右手には剣。周りには血を流す人が数名。苦しいはずなのに動けているのは意地と根性だろうか。
「いるじゃねぇか、お前このままですむと思ってんのかぁ!?」
いやいや、このままですむと思ってんのか、ってこっちのセリフだし。せっかく見逃してあげたと言うのに。いや、違うな。せっかく殿下に見逃してもらえたのに。
「おい、聞いてんのか!そこの化け物!お前だよ!」
明らかに私を指差していた。化け物とは私のことだろうか。
「いいよ、君は気にしないで。僕が片付けてくるから」
ああ、ほら、殿下が来てしまった。「殺さないで」とは言えなかった。ユリウス殿下は男を引きずるようにして連れて行った。
切り付けられた傷から血を流して泣く少女に近寄る。あそこでちゃんと片付けておくべきだった。私が中途半端にしたから怪我した人がいる。
怯える少女の傷を魔法で治す。続けて他の人も。それはすぐに終わった。ふう、と息をついて立ち上がると急に歓声が上がった。
え、なに、なに。
まわりを見ると誰もが私を見ていた。
「聖女様!」
「ありがとうございます!」
「聖女様のおかげです!」
はぁ!?
意味がわからない。だけど誰もが口々にそう言っていた。なに、聖女って何?私のこと?
「ありがとう、せいじょさま。せいじょさまのおかげで、わたしのびょうきがなおったんだって。ママが言ってた!」
小さな女の子が私の前に来てそう言った。
「おい!やつらを倒してくれたのも聖女様らしいぞ!見たやつがいる!」
「あいつらを?」
「じゃあもうあの薬に苦しめられずに済むのか!?」
「もう殴られないのね!」
あちこちからそんな声が上がった。
『聖女様!聖女様!』
そしてコールが始まった。地を揺るがすほどの声。ここの人たちは本当に苦しめられていたんだと分かる。
だけど違う。私は聖女じゃない。止めてほしい。そんなのは、この街には必要ないのだ。必要ない街にしないといけないのだ。
涙が出た。私の近くから歓声がざわめきに変わっていく。やがて、聖女コールは止んだ。
「エレナ、どうして泣いているのかい?」
ユリウス殿下が戻ってきた。これが殿下の描いたストーリーなのだろうか。そうだったら申し訳ないけど、私は聖女役になんてなれない。
「……聖女など必要のない世の中が一番いいのです。そんな国を作れない自分がとても情けない……!」
本当ならもっと早くこの街のことに気が付いてどうにかするべきだった。苦しんでいる人たちを助け出すべきだった。とても遅くなってしまった。その間にどれだけの人が酷い目にあったのか。どれだけの命が失われたのか。悔やんでも悔やみきれない。
私のことを聖女だなんて呼ばなくていい世界はなかったのだろうか。人々が平和に、心穏やかに過ごせるのなら聖女なんていらないのだ。
私はたくさんの視線から逃げるように背中を向けた。
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