ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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『エレナ』と『ユリウス』

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「これからどうしようか?」


広場から離れるように歩く私に殿下は聞いてきた。どうすると言うとどんな選択肢があるのだろうか。


「すぐに帰りたいならもう一仕事済ませて出発するし、もう少しゆっくりしたいなら、今日は宿に戻ろう。君の好きなようにしていいよ」


すぐに帰るかゆっくりするか。別にどっちでもいい。帰ったら帰ったですることはあるし、だからと言って急いで帰る必要があるかと聞かれるとない。

いや、帰るべきなのだろう。この街のように困っている人たちがどこかにいるかもしれない。私はその人たちの助けにならないといけない。

そう思っていても、すぐに返事をすることができなかった。正直、何も考えたくなかった。

ユリウス殿下がそんな私を見つめ、言った。


「僕としてはもう少しこの街にいたいんだけど」

「え?はい、分かりました」


用事があるなら最初からそう言えばいいのに。そんな私の考えを読んだかのように殿下は言った。


「用事は特にないんだけど、君と二人きりの時間をもう少し楽しみたくてね」


……そういえばユリウス殿下と二人きりの時間というのは案外少ない。旅の間はクリスもお兄様もいたし、王都でも夜のわずかな時間しかなかった。


「思えば僕たちは少し会話が少なかった気がするんだ」

「そうですね」


ユリウス殿下と私。心が通じ合っていると思う。というか、殿下の察し能力が高すぎてわざわざ言葉にする必要がない。だから私たちはちゃんと話をすることが少なかった。

王都に戻ってからは何かと言い合い、というか私が一方的に攻めている気もするが、話をしているような気がする。


「宿でゆっくり話をしよう」

「……はい」


頷いて殿下の隣を歩く。頬に軽く触れる。表情筋は動かない。

先ほど微かに聞こえた街の人の言葉。

『笑わない聖女様だね』

直接私に向けられた言葉じゃない。だけど耳が拾ったその言葉は私に強い衝撃を与えた。

笑っている気だった。微笑みを浮かべているつもりだった。今までそうしてきたように。だけど、その言葉で気がついた。自分が笑っていないこと。微笑んでいないこと。

ユリウス殿下は気が付いているのだろうか。隣を歩く殿下の顔を見上げてみたが、何を考えているかは分からなかった。


宿の部屋に戻る。私は迷わずベッドへとダイブした。硬いし狭いし、いい匂いではない。だけど文句などなかった。休息に取るには十分。

王都では行儀が悪いと叱られることもここでは叱る人もいない。気が楽だ。

殿下は椅子をベッドの横へ移動して座った。


「……先程から見られてますよね?いいのですか?」

「向こうから手を出してこない限り相手をする気はないよ」


宿屋の外に数名の気配。彼らが欲しい麻薬はもうない。襲われたってどうしようもない。このまま引いてくれるのが一番ありがたい。


「そうやって気を抜く姿を見ていると、来て良かったと思うよ。君は城ではいつも気を張っているからね」

「そんなことありませんよ」


殿下やクリスの前ではかなり気を抜いていると思う。だけどまあ寝るわけでもないのにベッドに横になることはないかもしれない。

殿下を見る。


「……怒ってられます?」


別にいつもと違うことはない。言葉がキツイとか、視線が鋭いとか、ピリピリしているとか。そんなのは全くないけど。


「どうして?」

「いえ、なんとなく。怒ってられますよね?」

「君にそう見えるならそうかもね」


やっぱり怒っているんだ。それならもっと分かりやすく怒ってくれたらいいのに。


「すみません」

「心当たりがあるのかい?」

「あまりありません」


「少しはあるんだね」と殿下は可笑そうに笑った。機嫌は別に悪くなさそう。


「強いて言えば私が麻薬を摂取したことですかね。後は殿下に対して攻撃したこと」


私はどうしてあんなことをしたのだろうか。殿下を攻撃してまであれを使ってみたかったのか。あの時の私は普通じゃなかった。いや、普通じゃないと言えばずっとそうなのかもしれない。少し前から頭の中にもやがかかったようで、ぼうっとしている。今でも。


「でも違いますよね。殿下は数日前からずっと怒ってらっしゃる」


いつからだろう。気が付いたらもう怒っていた。原因は私かもしれない。


「そうだね、今日のあれは怒りよりも驚きの方が強かったよ。結構本気で焦ったから、もうしないで欲しいかな」

「はい、もうしません」


あれは後悔している。殿下なら余裕で避けられる攻撃だった、とか、当たっても大したことない軽いものだった、とか、自分の中で色々と言い訳をしてみたが、心は軽くならなかった。

いつも私のことを考えてくれる殿下に対しての裏切り。それは私の心に深い罪の意識を植え付けた。


「僕が怒っている理由は気にしなくていいよ。君に対して怒りをぶつけるつもりも責める気もないから」


それはそうなのだろうな、と思う。だって殿下は怒りをうまく隠している。私が勝手に勘付いただけだ。


「君が悪いわけでもないしね」


そう呟いた殿下はどちらかと言うと自分を責めているように見えた。

……まあいっか。誰にだって話したくないことはあるよね。

そう思った時だった。


「いや、そうじゃないね。出発前に君に怒られたんだった。気持ちはちゃんと言葉にするべきだって」


殿下は微笑んだ。


「話をしよう、エレナ。『殿下』ではなく、僕と君で」
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