ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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あの日の話

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「はい」と頷き、起き上がって座る私を見て、ユリウス殿下は口を開いた。


「君はどうしてあの日のことを何も話さないのかい?」


『あの日』。それがいつを指すのかなど考えなくとも分かった。それは私が一番触れて欲しくない話題だ。

そして、ああ、そうか、と思う。あの日だ。あの後から、殿下は怒りを滲ませていた。


「……あれは私が背負うべきものだと思うからです」


ラルフの死。あれは完全に私の油断と軽率な行動が招いたことだ。ラルフはただ巻き込まれただけ。

私のせいで……。

きゅっと唇を結ぶ。言葉にしてしまえば安っぽくなりそうで。

そんな私を、殿下は静かに見た。


「君が一人で背負うことで、眠れなかったり、食べられなかったり、笑えなかったりするのを、僕はただ見ていることしかできない?」


頷くことしかできない。それが私の贖罪だ。あの事件を心に刻み込み、一生忘れずに生きていく。死んでしまったラルフへ対して私ができることはそれだけ。ユリウス殿下には関係ない。

殿下は微笑んだ。それが少し悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「君は全部自分で抱えてしまう。僕は君が話してくれるのをずっと待っているのに」


それは私のものだ。誰かに分け与えるつもりはない。例え殿下でも。


「殿下、私は重さを知った上でそれを背負っているのです。半分持って欲しいとも、軽くしたいとも思っておりません」


話したらきっと軽くなる。楽になる。だから私は話さない。軽くなって、いつかそれが消えてしまないように。ずっと心に留めておくために。


「……君は目の前で命がひとつ失われる度に動けなくなるほど打ちのめされる。それなのに全てを一人で背負おうとする。強いのか弱いのか分からないよ」


窓の外からは賑やかな声が聞こえる。ユリウス殿下は続けた。


「君の考え方は僕とは違いすぎる。それが面白いし、君の魅力でもある。だけど今はそれがもどかしい。君の考えは、想いは、僕には理解できない」

「理解はいりません」


私は即座にそう答えた。私と殿下は全く違う環境で育っている。同じ考え方などするはずがない。


「君はいつまで傷を抱えて生きていくつもりかな?」

「え……?」


傷を抱えて?


「君は治りかけた傷をさらに抉って深くしているように見える。何度も何度もその痛みを経験することで忘れることを拒否している」

「そんな、ことは……っ」


ないとは言えなかった。その通りだ。殿下の言葉は何も間違っていない。


「……忘れたくないと望むのは、いけないことなのでしょうか?」


私がラルフのことを忘れたくないと思うのは、殿下に対して裏切りになるのだろうか。これは恋愛感情ではないことは確か。だけどもしかしたらそれ以上に強い想いかもしれない。

殿下は「そうじゃないよ」と首を振る。


「いけないことではない。だけど、忘却は人間に与えられた許しなんだよ」


殿下の言うことはよく分からなかった。忘れることで許されるということなのか。そうではないだろう。ではどう言うことのか。深く考えることができなかった。いや、私は深く考えることでそれを理解したくないのかもしれない。

俯いて膝の上で握った拳を見つめる。忘れたくない。ラルフがその命を賭して救ってくれたことを。私のせいで命が失われたことを。


「……君は、亡くなった彼の気持ちを知っているかい?」


ラルフの気持ち。そんなの知らない。だって私は何も聞いていない。


「彼が君に忘れて欲しくないと思っているかな?」

「……分かりません」

「じゃあ彼は君のことが好きだったかな?」


ラルフが私のことを?


「……おそらく」


その『好き』がどのような形だったのかは知らない。だけどラルフは私に対して好感を抱いていたと思ってもいいだろう。

ユリウス殿下は頷いた。


「君がそうして彼のことを思って苦しむことを、彼はどう思うだろうか」

「分かりません」


考える前にそう答えた私を、殿下はチラッと見た。少しキツい言い方だったかもしれない。苛立ちを隠せなかった。


「ラルフ様のお気持ちは、ラルフ様のもの。私たちが推し量るべきではないと思いますが」


殿下がラルフの何を知っている。ラルフの何を語れる。ラルフと私のことを……。

ユリウス殿下は「そうだね」と頷いた。

殿下はどうしたいのだろう。私の口からあの日のことを聞きたい?私にラルフのことを忘れさせたい?何もなかったことにしたい?


「最後にもうひとつ」


殿下は笑っていなかった。それほど真剣な表情は初めて見る。


「彼は君のことを恨んでいる?」

「ラルフ様が、私のことを……?」


私の力になりたいと笑っていたラルフ。私を救って死んでしまったラルフ。私のせいで死んでしまったラルフ。私のことを憎んでいる?

そんなの、答えは一つしかない。唇が震えた。鼻がツーンとした。これを言ってしまえばもう止まらないだろう。分かっていても、もう口に出さずにはいられなかった。

あの日、剣に貫かれた時。痛みの中で、死への恐怖の中で、


「ラルフ様は、笑ってられたのよ……」


言った瞬間、涙が溢れた。ラルフは私が無事でよかった、と笑ったのだ。穏やかな目で、優しい表情で。自分が死ぬ間際に。


「あんな、顔で笑った、ラルフ様が、わたしのことを憎んでいるはず、ないです……っ」


泣きながら、つっかえながらそう言う私に、殿下は「うん」と優しく頷いた。


「ラ、ラルフ様は、わたしの力になりたいと、何度も言ったのです。それなら、それなら……っ、死んで欲しくなかった!生きていて欲しかった……っ!」


口に出してやっとラルフの死を受け止めることができたような気がする。私はずっとそれを認めたくなくて言葉にしなかった。誰かと話をすることで現実であったと確定してしまうのが怖くて。

声を上げて泣く私は子供のようだろうか。しかし分かっていても止められなかった。

ユリウス殿下はそっと私を抱き締めた。好きな人の腕の中で他の男の人を想って、私は気がすむまで泣いた。
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