ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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帰路

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馬に乗ったまま街を出る。その途端、私たちは周りを囲まれた。ざっと見積もっても100人は超えている。街を出るまでずっと待っていたのだろうか。

殿下はスピードを緩めない。私は落ちないよう、殿下の腕の中でじっとしているのみ。

相手をするのは正直、超面倒臭い。このまま引き離してしまえれば楽だが、まあそんなことはない。殿下の異空間を走って王都に帰ることができたらそれが一番だけど、流石のユリウス殿下も魔力が足りるわけがない。

周りの男たちは私たちに合わせて並んで走っている。


「麻薬はもうないというのに……面倒だね」

「まああちらもお仕事ですからね」


殿下は馬を止めた。私は飛び降りて、敵たちへと向き直る。同じように馬を降りた殿下が、何かを私へと差し出した。

出発前にヘンドリックお兄様にもらった手帳だ。実はずっと使ってみたかった。適当にページを開いて魔法陣を見る。水の魔法っぽい。

魔法でペンを作り出し、魔法陣を閉じる。と同時に大量の水が敵へと押し寄せた。水が消えた後、そこに立っていた人は一人もいなかった。


「皆流されたみたいだね」


殿下が呑気に言った。私は言葉が出ない。

こんなとてつもない魔法なんて聞いてないんだけど……!普通に死人が出るレベルだ。向こうも私たちを狙って来ているとはいえ、誰かの命を奪うのは嫌だ。

どうか誰も死んでいませんように!


「もう使いません」


手帳を殿下に差し出すと、殿下は笑った。殿下は絶対この規模の魔法だって知っていただろう。教えてくれたらいいのに。


「まあとりあえずいなくなったし、行こうか」

「もういないのでしょうか?」

「まだいるだろうね」


ですよね。麻薬が消えるところは見ていただろうに、もしかしたら私たちがまだ持っているかもしれないとでも思っているのだろうか。それならお門違いだ。

持ってませんよ、って言っていなくなるならそうするんだけどな。

馬に乗りながら考える私に、殿下は「どうやら誰も死んでないみたいだよ」と言った。

それは良かった。


そして、翌日のお昼頃私たちはお城へと到着した。行きよりも短い時間で着いたのは夜も寝ずに走ったからだ。殿下はどこかで休むかと言ってくれたが、あの状況で寝れるほど、私の神経は図太くない。

何せ、1時間おきくらいに数十人に囲まれるのだ。夜でも昼でも関係なく。走りながら魔法で蹴散らして帰ってきたが、これは他の人だったらまず間違いなく死んでいたと思う。かく言う私も魔力をほとんど使い切ってしまった。ユリウス殿下はどうかわからないけど。


「あー、疲れた」


人目がないことを確認して伸びをする。ずっと馬に乗ったままだったので身体中がバキバキだ。ユリウス殿下は他人事みたいに笑っている。訳が分からない。

お城の正面から入る。すれ違う貴族たち皆がぎょっとした顔で私たちを見た。刺客を送ってきた人たちだろう。覚えておこう。

陛下の執務室へ行くと、陛下は私たちを見て「ご苦労であった」と一言。驚いていない様子から、私たちが無事に帰ると信じてくれていたのだろう。

……まあ私と殿下が行って帰れないなんてものすごい状況だしね。

殿下がことの次第を話すのを横で黙って聞く。改めて自分が結構やばめなことをしたと実感した。

陛下は一通りの話を聞き、そして私を見た。柔らかな目だった。


「そなた、気は晴れたようだな」


「よくやった」でも「やりすぎだ」でもないその言葉に陛下の心が詰まっている事がわかった。陛下にも心配をかけてしまっていたようだ。


「ええ、頭の回転が速く、口が達者な旦那様のおかげで」

「ははは、そなたでもユリウスには敵わないか」


陛下は笑った。私の隣で殿下が不満そうに言う。


「父上、違います。敵わないのは僕の方です。彼女は最強ですよ」

「まあ、最強という言葉は、淑女への褒め言葉ではありませんわ」

「そなたたちは本当に仲が良い」


陛下は可笑そうに、嬉しそうに笑う。私も自然と頰が緩んだ。帰って来たな、と思った。


陛下の執務室を出て自分の部屋へ向かう途中に、後ろから背中が叩かれた。


「おかえり、エレナ!」

「クリス……!」


嬉しそうに笑うクリス。私も自然と笑顔になった。


「ただいま」


そう言うと、クリスはさらに笑った。並んで歩く。


「どうだったの?話聞かせてよ!」

「すごかったわよ。あれは本当にわたくし達じゃなければ命はなかったと思うわ」


「ねぇ?」と殿下に同意を求めると、殿下は言った。


「うん。クリスだったら生きて戻れなかっただろうね」


からかいを含むその声に、クリスは「帰って早々意地悪ですね」と言った。


「まあほんとなんだろうけど。とりあえず無事で良かったよ」

「ええ、心配をかけたわね」


度々すれ違う顔色の悪い貴族たちを無視して、私達は部屋へと入った。
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