ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
67 / 118

実験

しおりを挟む
見た目には変わらない。それは少し時間が経っても同じだった。


「どう?何か違う?」


クリスはじっと自分の体を見下ろして言った。


「なんか体が軽い気がする!」


ああ、効果は出ているようだ。

クリスがくるくるとまわる。機嫌がとても良さそうだ。


「あははは、なんか楽しいかも……!」


隣の殿下が「はずれだな」と呟くのが聞こえた。


「ベアトリクス、魔力に変化はあるかしら?」


ベアトリクスは変わらない表情で頷いた。


「魔力の変質はありません。量が少し増えましたが、1.5倍にもなっていない程度に見えますわ」


うん、なんとなく分かる。基本的にいつものクリスとそう変わらない。気配も同じだし、いつもよりも少しテンションが高いくらい。


「エレナー!ほんと、これたのしーね!」

「そうでしょう」


他に言葉が出てこなくてそう言っておく。ユリウス殿下は「ちなみに」と私を見た。


「あの薬の強さはどの程度かい?」

「先日わたくしが摂取した物の二割ほど弱めに作ってあります」

「強く作ることも可能かい?」

「ええ」


クリスが魔法を使う気配がした。と、同時に突風が吹いた。


「きゃあっ!」

「うわ!」


ベアトリクスがさっと座り込み、カイとリリーが風に倒れる。私もふらついたが、殿下が支えてくれてなんとか立っていられた。


「魔法の威力はいつもの比じゃなさそうね」

「魔力の消費もほとんどないようですわ」


ベアトリクスの言葉に頷く。魔力の消費が少ないわけではない。魔力がどんどん湧いてくるから、そう見えるだけだろう。


「分かった。もういいよ」


ユリウス殿下がそう言ったのを聞き、私はその場からクリスへと治癒魔法をかけた。クリスの動きがピタッと止まる。


「もう終わり?」

「ええ、楽しかったでしょう?」


クリスがケロリとした顔でこちらへ歩いて来た。私はあの後ヘロヘロだったというのに。


「うん。すごいね、あんな大きい魔法使ったのに、魔力が半分くらいしか減ってないよ」

「ちなみになんだけど、皆の魔力は見えた?」


声を落としてそう聞く。ユリウス殿下とベアトリクスには聞こえたのだろう。二人がクリスを見た。


「え?ううん、そんなのは全然」


嘘はついていないだろう。本当に見えなかったのだ。それならあの時の私が殿下に見た黒いあれは魔力じゃなかったのだろうか。

ユリウス殿下は何も言わずに前に出た。


「じゃあ次は僕だね。エレナ、もしもの時は頼むよ」


その『もしも』は起こらないように願いたい。殿下が暴れるような事があれは私だって魔法を使う隙もないかもしれない。

ユリウス殿下は皆の中心に立った。私は一応クリスとベアトリクスの前に立つ。殿下には勝てるわけがないけど、私には攻撃をしてこないと信じて。

殿下は薬を飲んだ。少し経ってものすごい魔力を感じる。

なんか体がびりびりする気がする。殿下が正気を保ってくれないとこれはやばそう。

不意に腕を掴まれた。見ると、ベアトリクスが縋るように私の腕を持ち、震えている。他の皆も顔色が悪い。かろうじて立っているといった感じだ。


「ベアトリクス、何が見えますの?」


真っ青な顔をして震えるベアトリクスをできるだけ後ろに庇うようにして聞くが、ベアトリクスは答えなかった。いや、答えられなかった。恐怖で声が出ないようだ。


「クリス、どう思う?」

「……ほんとに私が飲んだのと同じ薬?」


比較的平気な顔をしているクリスは、笑うしかないと言うように引きつった笑みを浮かべた。

同じ薬のはずなんだけど。一緒に作ったし。

「魔王だよ」とクリスは呟いた。思わず笑ってしまったが、笑い事ではないかもしれない。


「ユリウス殿下」


殿下を呼んでみる。皆がギョッとした顔で私を見た。皆が皆、下手に刺激するな、とでも言いたそうだ。だってどうなってるか分からないし。

殿下はゆっくり私の方を見る。その表情はいつも通りだった。


「ご気分はいかがですか?」

「……気を抜くと我を忘れてしまいそうだよ」


あらら、それは大変だ。念のため、皆の前に結界を張って、殿下の方へ近付く。


「エ、エレナ!それはやばい……!」


クリスが私の手首を掴んで止めた。と同時に更なる魔力が襲ってきた。クリスが思わずと言ったように手を離した。


「僕のエレナに触れるな」


わお、いつにも増しての独占欲だ。ちょっと止めて欲しい。鋭い眼光でクリスを睨む殿下。ため息をついて近寄ると、殿下は微笑んでいた。


「あの時の殿下のお気持ちはよく分かりましたわ」


私が麻薬を食べた時、殿下はすごく警戒していた。なんでそんなに、と思ったが今理解した。


「怖くないのかい?」

「ええ、まあ。何を飲もうとユリウス殿下はユリウス殿下ですし」


ユリウス殿下は柔らかな笑みを浮かべた。表情と魔力のギャップがすごい。


「ごめんね、魔力が制御できなくて。抑えるので精一杯だよ」


殿下に制御できないというのはものすごい大変なことだ。クリスの時はそうでもなかったみたいだけど、元の魔力量が関係しているのか、効き目は個人差があるのか。


「魔力は見えますか?」


殿下は目を細めて私を見た。


「意識してみれば見えるね。君は微かに光っている」


ベアトリクスは以前、私の魔力は金色だと言った。光っている、というのは少し違う気がするが、間違いでもないのかもしれない。


「多分ベアトリクスほどはっきりは見えてないね」

「そうですか」


実験はもういいのだろうか。向こうのほうでカイがぐったりとしているのが見える。殿下の魔力にあてられたのだろう。ベアトリクスも限界そうだ。


「どうしますか?魔法使ってみます?」


せっかく薬を飲んだのだ。試してみるのもいいかもしれない。その場合は使う魔法に気をつけて欲しいけど。

殿下は首を振った。


「今魔法を使ったら王都がなくなってしまいそうだからね」


サラッと恐ろしいことを言う殿下に、私は言葉が出てこなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...