ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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抜けた記憶

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目を開けるとクリスが見えた。少し動くと衣擦れの音がする。クリスがこちらを見た。ばっちり目があった。


「お、お、起きた!殿下!エレナが起きましたよ!」


バタバタと騒ぎ出すクリス。私はいまいち状況が分からなかった。

なんで私寝てるの?あれ?薬飲んで、それからどうなったんだっけ?

寝たのは多分二時間程度かな。考えているとユリウス殿下が、横になったままの私を覗き込んだ。


「気分はどうだい?」

「よく寝たなって感じです」


ふふっと殿下は可笑そうに笑った。クリスが殿下の後ろから顔を出す。殿下の後ろに隠れている、いや盾にしているように見えるのは気のせいだろうか。


「エレナ、大丈夫?正気?」


ああ、暴れたのか。そう思った。クリス達は随分と怖かっただろうな。体を起こして座る。


「ええ、ごめんなさい。わたくしはずっと正気のつもりだったと思うのだけど……覚えていないってことはそういうことなのかしらね」

「大変だったんだよ!」


殿下の後ろから出てきたクリスは必死な様子で訴えた。

えっと、確か、薬を飲んで、最強になった気がして、皆に手合わせを挑んだ。そこまでは比較的、記憶がはっきりしている。

その次は……えっと、

ベッドの横に椅子を置いて殿下が座った。


「君は僕たち五人を相手にニ時間戦い続けたんだけど、覚えてる?」

「……はい?」


五人を相手に二時間?何それ、すごくない?いくら薬を飲んだからって、無理がありすぎる。五人は五人でもあの五人だ。ちょっと信じられない。


「リリーが魔法をかけてもエレナには全然効かなかったんだよ。全部エレナの魔力で弾き返されるからって」


クリスが「すごいね」と笑った。いや、すごくない。私は麻薬の力に溺れてしまっただけだ。私が本当にすごかったのならユリウス殿下のように魔力を抑えることくらいはできていただろう。


「それで、結局ユリウス殿下がどうにかエレナを捕まえて、正気に戻って自分で魔法をかけて戻ったってわけ」


うーん、そう言われると微かにそんな記憶があるような気もする。


「それは、ご迷惑をおかけしました」


殿下に頭を下げると、殿下は何も言わなかった。気にせずに話を続ける。


「あの、皆さまお怪我は……?」


私はどこも痛くない。少なくとも見える範囲に怪我はない。二時間も戦ったというのに。皆もそうなのだろうか。


「ヘンドリックとヴェルナーは重傷。ヨハンも結構怪我してたね。クルトは軽傷」


想定外の言葉に頭が真っ白になった。やっと出た声は震えていた。


「それ、私がしたんですか……?」

「……一概にそうとは言えないけど」


歯切れの悪い返事だった。クリスが何か言いたそうに殿下を見る。


「ユリウス殿下は?」


きっと聞かないと教えてくれない。そう言う人だ。


「少しだから大丈夫だよ」


殿下は微笑んで、立ち上がる。


「用事があるから僕は少し出て来るよ。魔力に余裕があったら皆を治してやってくれる?」

「はい、もちろん」


魔力は少し回復しているようだ。程度は分からないけど怪我を治すことくらいはできるだろう。

ユリウス殿下は部屋を出る前にクリスを見た。


「余計なことは言わないように」

「はいはい」


余計なことってなんだろう。首を傾げたが、クリスはため息をつくだけで何も言わなかった。


「大丈夫?動ける?」

「ええ、行きましょう」


歩きながらクリスにもう少し詳しいことを聞く。さっきの話では名前が出てこなかったカイとリリーとベアトリクスのことだ。三人はクリスが途中で帰らせたらしい。危なそうだったから、と。

騎士団の訓練場に近付くと、いつも以上に気合の入った声と、怒号が聞こえてきた。


「ヴェルナー様、すごいやる気ね」

「うん、さっきので気合い入っちゃったかな……」


怪我をしているんじゃないのか。そう言いたかったが、あのヴェルナー様は多少の怪我でじっとしている人ではない。

ヴェルナー様は訓練場の中心で剣を支えにするように立っていた。あちこちに包帯が巻かれてあり、殿下の言った「重症」と言う言葉を思い出す。


「ヴェルナー様」


呼ぶと、ヴェルナー様は私を見た。


「エレナ!体は大丈夫か?」

「ええ、わたくしは怪我ひとつございません。それよりも、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


深々と頭を下げるとヴェルナー様は慌てたように言った。


「大した怪我じゃないしエレナのせいでもない。頭を上げてくれ」

「……うん、エレナだけのせいじゃないから」


小さく聞こえた声はクルトお兄様のものだった。


「お兄様!お怪我は?」

「僕は大丈夫だよ。エレナこそ大丈夫?」


皆がそう聞いてくれる。私が怪我をさせたと言うのに。ひとつ頷いて、微笑むお兄様に治癒魔法をかける。そしてヴェルナー様にも。


「ありがとう」

「いえ、元々はわたくしのせいですもの」

「……エレナはそんなに気にしなくていいと思うよ」


ぼそっとクリスが言った。「え?」と聞き返してクリスを見ると目を逸らされる。これが殿下の言っていた「余計なこと」に関係するのだろうか。


「ほら、エレナ。次ヘンドリック様のとこに行くんでしょ」

「ええ、そうね。改めて申し訳ありませんでした」


謝罪をして私は騎士団の訓練場を立ち去った。二人は私の謝罪に微妙な表情を浮かべているように見えた。
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