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「エレナ様!」
部屋でお茶を飲んでいると、ノックの音とほぼ同時に勢いよく扉が開いた。アリアが少し嫌な顔をする。が、入ってきたのがクルトお兄様だと分かって表情がゆるんだ。
私はげっ、と思った。
「エレナ様、出立されると伺いました。どうして私には何も仰らないのですか?」
やっぱりその件か。来るとは思っていたけど、早い。
皇后陛下とのお茶会が一昨日。そして昨日、陛下から出立の許可が降りた。
「アリア、ありがとう。下がってちょうだい」
アリアはこの話になると少し嫌そうなオーラを出すから。昨日近いうちにまた出る、と伝えた時も、言葉にはしないものの、何か言いたそうだったのだ。
アリアはまた何か言いたそうな顔をして部屋から出て行った。
「護衛騎士ではなくお兄様としてお話しますね」
そう前置きをするとクルトお兄様は頷いた。
「今回はクルトお兄様はここへ残っていただこうと思っております」
「理由を聞いてもいい?」
手で私の向かいの椅子を指すと、お兄様は何も言わずに座った。魔法でお茶入れながら話す。
理由は陛下が言った通り、お兄様の結婚だ。ちなみにクリスは昨日の内に結婚に必要な書類を出している。お父様が予め用意していた家へと引っ越しも昨日、今日ですませるそうだ。
これで文句はないだろう、と着いてくるつもりらしい。新婚で家にいずとも、ヘンドリックお兄様自身、魔法省に入り浸りでほとんど家に帰らないだろうから問題ない、という理屈だ。
「クルトお兄様はわたくしたち兄弟の中で唯一、その、まともなご結婚ですから、適当にしてはいけないと思うのです」
私はユリウス殿下と利害の一致と、周りの意向で。ヘンドリックお兄様とクリスはスペシャル級の利害の一致。カミラとマクシミリアンも恋愛結婚ではないし、マクシミリアンの家的にも厄介払いの一面をもっている。
対してクルトお兄様は恋愛を経ての婚約・結婚で、婚約者のエミリア様はご実家で大切に育てられた令嬢。これまで放置された挙句、適当に結婚し、新婚生活で旦那がいないなんて、そんな失礼なことはできるわけがない。
「それに何よりも、お父様が血の涙を流されているのです。わたくしたち三人が結婚の儀式もパーティーもしなかったものですから、せめてクルトお兄様の時は盛大にやる、と……」
ここで私がクルトお兄様を連れ出してしまうと、私がお父様に怒られる。私が!
「ですので、今回はお兄様は王都でお留守番をお願いいたします」
にっこりと微笑むと、お兄様は言葉に詰まった。あと一押しだ。
「大丈夫ですわ。今回は陛下より二年間、という期限付きですもの。すぐに帰って参ります」
そう、二年。期限をつけないと今度は十年間くらい帰って来ないだろう、と陛下は言った。私たちは誰も否定できなかった。
クルトお兄様は神妙な顔で考え込んだ。少しして顔を上げたお兄様は言った。
「分かった、でも行き先はフィリップ叔父様のところだ」
……何だって?フィリップ叔父様といえばお父様の弟だ。つまりお父様の実家に行けとお兄様は言っている。
「エレナはそこから日帰りで行ける範囲でしか行っちゃダメだ。これが約束できるならいいよ」
「そのようなこと……遠くの村で何かあったらどうするのです?」
私たちは旅の中で色々な調査をしながらお助け隊をしていたのだ。今回も同じようになる。困っている人がいたら助けずにはいられない。
「その時は殿下かクリスが行けばいい。幸いあの場所は地理的にこの国の中心あたりだ」
それは困る。まだまだ見てみたい町や村はたくさんあるのだ。
「お、お兄様、大丈夫ですわ。わたくしのことはユリウス殿下が守ってくださいますから」
クルトお兄様は微笑んだ。
「エレナ、本来皇族とは護衛騎士なしで城の外に出ることはできたかな?」
「できません……」
「僕は十分すぎるほど譲ってるよ」
……そんなことを言うのはずるい。ユリウス殿下も護衛を連れていないので、私たちには一人の護衛もついていないことになる。私たち本人がどれだけ戦えても、本来騎士はつけないといけない。ユリウス殿下だけはなぜか特別扱いだけど。
「そもそも、エレナ。前回の旅で最低限の視察は終わったのだろう?」
それもそう……。教育機関を作る場所の目処は大体たった。次は平民と深く関わり、どのように教育を進めていくかを考えなければならない。平民は貴族と根本が違うから。それを考えると一つの場所に留まるというのはなかなか都合がいい。
それにここにユリウス殿下がいたらクルトお兄様に勝つこともできただろうが、今はクリスさえもいない。私に勝ち目はない。
「……分かりました。これからフィリップ叔父様に文を書きます」
すごく負けた気分だったが、クルトお兄様が浮かべた笑顔につられ、私も頬が緩んでしまった。
部屋でお茶を飲んでいると、ノックの音とほぼ同時に勢いよく扉が開いた。アリアが少し嫌な顔をする。が、入ってきたのがクルトお兄様だと分かって表情がゆるんだ。
私はげっ、と思った。
「エレナ様、出立されると伺いました。どうして私には何も仰らないのですか?」
やっぱりその件か。来るとは思っていたけど、早い。
皇后陛下とのお茶会が一昨日。そして昨日、陛下から出立の許可が降りた。
「アリア、ありがとう。下がってちょうだい」
アリアはこの話になると少し嫌そうなオーラを出すから。昨日近いうちにまた出る、と伝えた時も、言葉にはしないものの、何か言いたそうだったのだ。
アリアはまた何か言いたそうな顔をして部屋から出て行った。
「護衛騎士ではなくお兄様としてお話しますね」
そう前置きをするとクルトお兄様は頷いた。
「今回はクルトお兄様はここへ残っていただこうと思っております」
「理由を聞いてもいい?」
手で私の向かいの椅子を指すと、お兄様は何も言わずに座った。魔法でお茶入れながら話す。
理由は陛下が言った通り、お兄様の結婚だ。ちなみにクリスは昨日の内に結婚に必要な書類を出している。お父様が予め用意していた家へと引っ越しも昨日、今日ですませるそうだ。
これで文句はないだろう、と着いてくるつもりらしい。新婚で家にいずとも、ヘンドリックお兄様自身、魔法省に入り浸りでほとんど家に帰らないだろうから問題ない、という理屈だ。
「クルトお兄様はわたくしたち兄弟の中で唯一、その、まともなご結婚ですから、適当にしてはいけないと思うのです」
私はユリウス殿下と利害の一致と、周りの意向で。ヘンドリックお兄様とクリスはスペシャル級の利害の一致。カミラとマクシミリアンも恋愛結婚ではないし、マクシミリアンの家的にも厄介払いの一面をもっている。
対してクルトお兄様は恋愛を経ての婚約・結婚で、婚約者のエミリア様はご実家で大切に育てられた令嬢。これまで放置された挙句、適当に結婚し、新婚生活で旦那がいないなんて、そんな失礼なことはできるわけがない。
「それに何よりも、お父様が血の涙を流されているのです。わたくしたち三人が結婚の儀式もパーティーもしなかったものですから、せめてクルトお兄様の時は盛大にやる、と……」
ここで私がクルトお兄様を連れ出してしまうと、私がお父様に怒られる。私が!
「ですので、今回はお兄様は王都でお留守番をお願いいたします」
にっこりと微笑むと、お兄様は言葉に詰まった。あと一押しだ。
「大丈夫ですわ。今回は陛下より二年間、という期限付きですもの。すぐに帰って参ります」
そう、二年。期限をつけないと今度は十年間くらい帰って来ないだろう、と陛下は言った。私たちは誰も否定できなかった。
クルトお兄様は神妙な顔で考え込んだ。少しして顔を上げたお兄様は言った。
「分かった、でも行き先はフィリップ叔父様のところだ」
……何だって?フィリップ叔父様といえばお父様の弟だ。つまりお父様の実家に行けとお兄様は言っている。
「エレナはそこから日帰りで行ける範囲でしか行っちゃダメだ。これが約束できるならいいよ」
「そのようなこと……遠くの村で何かあったらどうするのです?」
私たちは旅の中で色々な調査をしながらお助け隊をしていたのだ。今回も同じようになる。困っている人がいたら助けずにはいられない。
「その時は殿下かクリスが行けばいい。幸いあの場所は地理的にこの国の中心あたりだ」
それは困る。まだまだ見てみたい町や村はたくさんあるのだ。
「お、お兄様、大丈夫ですわ。わたくしのことはユリウス殿下が守ってくださいますから」
クルトお兄様は微笑んだ。
「エレナ、本来皇族とは護衛騎士なしで城の外に出ることはできたかな?」
「できません……」
「僕は十分すぎるほど譲ってるよ」
……そんなことを言うのはずるい。ユリウス殿下も護衛を連れていないので、私たちには一人の護衛もついていないことになる。私たち本人がどれだけ戦えても、本来騎士はつけないといけない。ユリウス殿下だけはなぜか特別扱いだけど。
「そもそも、エレナ。前回の旅で最低限の視察は終わったのだろう?」
それもそう……。教育機関を作る場所の目処は大体たった。次は平民と深く関わり、どのように教育を進めていくかを考えなければならない。平民は貴族と根本が違うから。それを考えると一つの場所に留まるというのはなかなか都合がいい。
それにここにユリウス殿下がいたらクルトお兄様に勝つこともできただろうが、今はクリスさえもいない。私に勝ち目はない。
「……分かりました。これからフィリップ叔父様に文を書きます」
すごく負けた気分だったが、クルトお兄様が浮かべた笑顔につられ、私も頬が緩んでしまった。
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