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待ち人
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雪の上で仰向けで寝転ぶ。視界に入る空はもう雨雲ひとつなかった。
「あー、楽しかった!」
右隣で寝転ぶクリスが言った。楽しかった。本当に。
雪合戦は最終的に私とヘンドリックお兄様の一騎打ちになった。お兄様が最初に魔法を使い始め、それなら、と応戦すると、他の人には手も足も出ない状況になってしまったのだ。
しかも私ははしゃぎすぎて皆を雪に埋めてしまった。慌てて掘り起こしたけど。
吐いた息が白くなる。わいわいと思い思いに話をしている皆の声を聞いていると、雪を降らせてよかったと、心の底から思った。
左隣に座っているヘンドリックお兄様を、寝転んだまま見上げる。
「本当は、少し困らせたかったのです」
お兄様が私を見下ろした。
「ユリウス殿下は相変わらずわたくしに心の内を見せてくださらない。だから、無理矢理にでもその心に入り込もうと思ったのです」
こうして大事を起こせば殿下は怒るかと思って。そしたら殿下の本心を聞き出せるかと思って。子供のような考えだと思う。
だけどどうすればいいのか分からない。だって何度も言っているのだ。その心を見せて欲しい、と。気持ちを言葉にして欲しい、と。それなのに殿下は何も言ってくれない。君には関係ないよ、とそればかり。
でもここまでしてもまだ私のところに来てくれない。昨夜飛び出したことも何も言われない。皆のストレス発散にはなったみたいだけど、私にはあまり意味はなかったよう。
「……やはり、わたくしは殿下の家族にはなれないのでしょうか」
だから何も言ってくれないだろうか。ユリウス殿下は未だに『夫』というよりかは『兄』に近い。
ヘンドリックお兄様と目があった。いつもはすぐにそらされるのに、今だけはそらされなかった。じっと見つめ合う。心を全て見透かすような目。少ししてお兄様は言った。
「あの方と一緒になったことを後悔しているか?」
殿下との結婚を後悔?それははっきりと言える。
「もし後悔していれば、このようなことしておりませんわ」
殿下のことをなんとも思っていなかったらきっと私は殿下が何をしようがなんと言おうが気にしなかったと思う。子供のことだって考えなかっただろうし、なんなら今お城にもにいないだろう。
ヘンドリックお兄様は立ち上がった。視界の端でヨハンも立つのが見える。私は動かずにお兄様を見上げた。
「後悔は嫌悪や無関心と同義ではない。好意を持つからこそ抱く後悔もある」
お兄様は一体何を言いたいのだろうか。よく分からなくて何も反応せずにいると、視線がそらされた。
「分からぬなら良い」
うん、分からない。
「私は、お前に近づいたことを後悔している」
視線は合わなかった。お兄様はそのまま歩いて行く。ヨハンに促されて去っていく皆も見える。
ヘンドリックお兄様の今の発言を深く考えることはよくないと、頭の中で警鐘がなっていた。
隣に寝転んだままのクリスを見ると、クリスは微笑んだ。
「もう少し遊びたかったんだけどな」
「ええ、そうね」
風が騒がしい。早く去れとでも言いたげにクリスの周りを吹く。他の皆はもういない。
「また喧嘩したら夜来てもいいからね」
クリスは起き上がり、そう言って笑った。私も起き上がって笑う。
「その時はお願いするわ」
クリスが歩いていく。その背中がお城の中へ消えた時、背後に人の気配がした。
「満足したかい?」
その人はそう言った。もう一度雪へと体を沈める。既に濡れている体が再び冷たさを感じた。
全身から熱が奪われていくのを感じながら私は目を閉じた。
私は何も言わない。私が欲しいのはそんな言葉じゃない。シン、と静まり返る。まるで全ての音を雪が吸い取ったかのよう。
視線は感じるが殿下は何も言わない。
「……わたくしの言葉は覚えておいでですか?」
部屋を出る時に話をする気になったら、と言ったはずだ。殿下は何も言わない。だけど私には分かった。今、殿下がため息を飲み込んだこと。
「……話をしよう」
目を開けると青い空が見えた。殿下がどんな顔をしているかは見えない。
「ちゃんと話をする。だから雪を溶かしてもいいかい?」
ああ、それで来たのか。やはり雪を降らせたのは効果的だったよう。やはり殿下は殿下だ。
「今日だったらあまり迷惑はかからないかと思ったのですが」
起き上がりながらそう言う。殿下は微笑んだ。
「迷惑ではないよ。でもうるさい年寄りたちが多いんだ」
なるほど。
「どうぞ、お好きに」
立ち上がってお城の中へと向かう。殿下は忙しそうなので話は夜でもいい。せいぜい後始末を頑張ってもらおう。
「さっきのヘンドリックの言葉はどう言う意味かな?」
一瞬。ほんの一瞬、ぎくりとした。が、すぐにそれを隠す。
「さあ、わたくしには分かりませんわ」
殿下はじっと私を見たが、それ以上は何も言わなかった。私はその場を去ろうと殿下に背中を向ける。
「この雪は僕への当てつけかい?」
後ろからかけられた言葉に足を止めて振り返る。微笑みを浮かべ、私は言った。
「どうでしょうね?」
ユリウス殿下は困ったように微笑んだ。
「あー、楽しかった!」
右隣で寝転ぶクリスが言った。楽しかった。本当に。
雪合戦は最終的に私とヘンドリックお兄様の一騎打ちになった。お兄様が最初に魔法を使い始め、それなら、と応戦すると、他の人には手も足も出ない状況になってしまったのだ。
しかも私ははしゃぎすぎて皆を雪に埋めてしまった。慌てて掘り起こしたけど。
吐いた息が白くなる。わいわいと思い思いに話をしている皆の声を聞いていると、雪を降らせてよかったと、心の底から思った。
左隣に座っているヘンドリックお兄様を、寝転んだまま見上げる。
「本当は、少し困らせたかったのです」
お兄様が私を見下ろした。
「ユリウス殿下は相変わらずわたくしに心の内を見せてくださらない。だから、無理矢理にでもその心に入り込もうと思ったのです」
こうして大事を起こせば殿下は怒るかと思って。そしたら殿下の本心を聞き出せるかと思って。子供のような考えだと思う。
だけどどうすればいいのか分からない。だって何度も言っているのだ。その心を見せて欲しい、と。気持ちを言葉にして欲しい、と。それなのに殿下は何も言ってくれない。君には関係ないよ、とそればかり。
でもここまでしてもまだ私のところに来てくれない。昨夜飛び出したことも何も言われない。皆のストレス発散にはなったみたいだけど、私にはあまり意味はなかったよう。
「……やはり、わたくしは殿下の家族にはなれないのでしょうか」
だから何も言ってくれないだろうか。ユリウス殿下は未だに『夫』というよりかは『兄』に近い。
ヘンドリックお兄様と目があった。いつもはすぐにそらされるのに、今だけはそらされなかった。じっと見つめ合う。心を全て見透かすような目。少ししてお兄様は言った。
「あの方と一緒になったことを後悔しているか?」
殿下との結婚を後悔?それははっきりと言える。
「もし後悔していれば、このようなことしておりませんわ」
殿下のことをなんとも思っていなかったらきっと私は殿下が何をしようがなんと言おうが気にしなかったと思う。子供のことだって考えなかっただろうし、なんなら今お城にもにいないだろう。
ヘンドリックお兄様は立ち上がった。視界の端でヨハンも立つのが見える。私は動かずにお兄様を見上げた。
「後悔は嫌悪や無関心と同義ではない。好意を持つからこそ抱く後悔もある」
お兄様は一体何を言いたいのだろうか。よく分からなくて何も反応せずにいると、視線がそらされた。
「分からぬなら良い」
うん、分からない。
「私は、お前に近づいたことを後悔している」
視線は合わなかった。お兄様はそのまま歩いて行く。ヨハンに促されて去っていく皆も見える。
ヘンドリックお兄様の今の発言を深く考えることはよくないと、頭の中で警鐘がなっていた。
隣に寝転んだままのクリスを見ると、クリスは微笑んだ。
「もう少し遊びたかったんだけどな」
「ええ、そうね」
風が騒がしい。早く去れとでも言いたげにクリスの周りを吹く。他の皆はもういない。
「また喧嘩したら夜来てもいいからね」
クリスは起き上がり、そう言って笑った。私も起き上がって笑う。
「その時はお願いするわ」
クリスが歩いていく。その背中がお城の中へ消えた時、背後に人の気配がした。
「満足したかい?」
その人はそう言った。もう一度雪へと体を沈める。既に濡れている体が再び冷たさを感じた。
全身から熱が奪われていくのを感じながら私は目を閉じた。
私は何も言わない。私が欲しいのはそんな言葉じゃない。シン、と静まり返る。まるで全ての音を雪が吸い取ったかのよう。
視線は感じるが殿下は何も言わない。
「……わたくしの言葉は覚えておいでですか?」
部屋を出る時に話をする気になったら、と言ったはずだ。殿下は何も言わない。だけど私には分かった。今、殿下がため息を飲み込んだこと。
「……話をしよう」
目を開けると青い空が見えた。殿下がどんな顔をしているかは見えない。
「ちゃんと話をする。だから雪を溶かしてもいいかい?」
ああ、それで来たのか。やはり雪を降らせたのは効果的だったよう。やはり殿下は殿下だ。
「今日だったらあまり迷惑はかからないかと思ったのですが」
起き上がりながらそう言う。殿下は微笑んだ。
「迷惑ではないよ。でもうるさい年寄りたちが多いんだ」
なるほど。
「どうぞ、お好きに」
立ち上がってお城の中へと向かう。殿下は忙しそうなので話は夜でもいい。せいぜい後始末を頑張ってもらおう。
「さっきのヘンドリックの言葉はどう言う意味かな?」
一瞬。ほんの一瞬、ぎくりとした。が、すぐにそれを隠す。
「さあ、わたくしには分かりませんわ」
殿下はじっと私を見たが、それ以上は何も言わなかった。私はその場を去ろうと殿下に背中を向ける。
「この雪は僕への当てつけかい?」
後ろからかけられた言葉に足を止めて振り返る。微笑みを浮かべ、私は言った。
「どうでしょうね?」
ユリウス殿下は困ったように微笑んだ。
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