ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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変化と不変

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翌朝、私は雀の鳴き声、ではなくノックの音で目を覚ました。

窓の外が明るすぎる。寝過ぎたことはすぐに分かった。ということはそこにいるのはクリスか。

ちょっと待って、と言う前に扉が開いた。


「おはよう、エレナ。殿下と仲直りはでき……あ、」


半裸のユリウス様を見て固まるクリス。私も布団の下は肌着だ。


「えっと……ごめんね、クリス。5分だけ待ってもらえるかしら?」


ユリウス様も起きていたならクリスが開ける前に返事をすればいいのに、と思う。こんな状況でも表情一つ変えないところを見るに、こうなることは想定内だったのかも。

まあいいんだけどね。


「ご、ごめん……!私今日は一人で食べるからゆっくりしていいよ!」


パタン、と音を立てて扉が閉まり、つい笑ってしまった。


「慌てすぎ」


ユリウス様は呆れたように言った。

そりゃ慌てるだろう。私だってあっちの立場だったら慌てる。

くすくすと笑うと、ユリウス様と目が合う。


「対して君は不自然なほど落ち着いているね」

「ええ、まあ。クリスに少々肌を見られたところで今更ですもの」


同じ部屋で生活していた時期もあるのだ。クリスが男だと知った今でも、クリスの前でも着替えくらいはできる。


「そういう問題じゃないと思うんだけど……まあいいよ」


ようやく初夜を迎えたことに対しての羞恥はない。クリスはあれで意外と勘がいい。普通にしていても察していたことだろう。

布団から出ると冷たい空気が肌を刺した。少し寒い。けど冬らしくていい。ユリウス様の温度調整はいつだって私好みだ。

体は痛くもだるくもない。だけど少しだけ違和感があった。


「シャワーを浴びてきます。その後は朝食でよろしいでしょうか?」

「うん、君の後に僕も浴びるよ」


うん?自分の部屋のシャワーを使えば?

首を傾げるとユリウス様は微笑んだ。


「一緒に入るかい?」


なんでそうなるの。


「お一人でどうぞ、ユリウス様」


笑顔でそれだけ言ってさっとシャワー室へ入る。体中が汗でベタベタしていた。



クリスを探しながらお城を歩く。騎士団の訓練場の近くに来た時だった。魔法がクリスの気配を捉えた。

ついでに少し体を動かして行こう。そう思って中に入ると、クリスはすぐに見つかった。

……あのクリスが木剣で素振りをしている。これは明日にでも私が魔法を使わなくても雪が積もるんじゃない?

いやいやいや、そんなこと考えたら失礼だ。いくら珍しいからって。


「クリス、どうしたの?珍しく真剣ね」


手合わせはまだしも、地味な訓練はできるだけサボりたいクリスなのだ。素振りは一番嫌いだとも言っていた。

クリスは手を止めて私を見た。あまり元気がなさそうに見える。


「……殿下って細く見えるけど、結構筋肉あるんだね」

「え?ええ、そうね」


服を着ていたらあまり分からないけど意外と筋肉はある。頷くとクリスはボソボソと言った。


「私だけヒョロヒョロ……」

「何言っているのよ」


クリスは私よりも弱い。そして本人もそれに対して何も思っていないはずだ。向き不向きがある、というのがクリスの言い分。私もそう思う。

それをどうして今更自信喪失しているのか。


「クリスはそのままがいいのよ。あまり体格が良くなったら可愛い服が似合わなくなっちゃうわ」


いつまでも女装をするわけにはいかないとは思うけど、できるだけ女の子でいてほしいとは思う。だってクリス可愛いし。

さりげなく木剣をクリスの手から取る。クリスは「まあ、それもそうだね」と納得した様子だ。


「それはそれとして、少し体を動かしましょう?」

「え、うん、いいけど……エレナは大丈夫?」

「大丈夫よ?」


なんで聞かれたのか分からなくてそう言うと、クリスは「ならいいけど」と言った。


「ここにいる騎士団員対私たち二人でどうかしら?」


クリスが嫌そうな顔をする、


「それはちょっとキツすぎない?」

「そうかしら?」


パワーバランス的には結構いい感じだと思うんだけど。ここにいる騎士団員はざっと見て三十人。魔力による身体強化がありなら勝ち目は十分にある。

どうしようか、と考えているとちょうどクルトお兄様が来たのが見えた。仲のいい騎士団員数人と一緒だ。あの人たちは結構なやり手だったはず。


「じゃあわたくしとクリスとクルトお兄様、でいきましょうかね」

「えっ……!」


クリスが何か言う前に「ヴェルナー様に頼んでくるわね」と言ってクリスから離れた。あの様子を見るに、いつものやる気のないクリスに戻ったようだ。やる気はなくともやればできるクリス。

ヴェルナー様は面白そうだ、とすぐに騎士団員たちに声をかけた。すぐに私たち三人は周りを囲まれる。

そして合図と共に地面を蹴った。



「お疲れ様です、エレナ様」


クルトお兄様が差し出してくれたタオルを受け取り、汗を拭う。結果は一応勝利。皆を降参へと追い込んだ。

冬だというのに体から湯気が出そうなほど暑い。いや、熱い。


「お兄様とクリスもお疲れ様でした」


クリスは「もう無理」と地面に座り込んでいる。それにしても私たちはかなり強くなれたと思う。日々ヴェルナー様に鍛えられている騎士団員三十人を相手に勝てるのだ。

……やっぱり訓練より実戦が効果的よね。


少し休んでクリスと訓練場を出た私はそこで気が付いた。訓練前のクリスの『大丈夫?』は初夜を迎えた私の体を心配していたということ。

少し、ほんの少しだけ恥ずかしくなった。
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