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お化け屋敷の使い道
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馬車を降り、目の前の屋敷を見て私は言葉を失った。
遠目では綺麗に見えた。だけど近くから見ると汚れがすごい。そして、道から見えないところの草がやばい。
「……ヘンドリックお兄様、まさか本当にずっと放置してらしたのです?」
「だからそう言っているだろう」
何度も言わせるな、と言いたそうなお兄様。隣でクリスが「これはやばい」と呟いた。
ここが誰の家かと言うと、クリスとヘンドリックお兄様の家だ。と言っても、クリスは一度もここで寝たことはないどころか、引っ越しの時しか入ったこともないらしいけど。お兄様もどうせ似たようなものだ。
「さ、流石にこれは……」
何と言っていいか分からず言葉を濁す。よくここまで放っておいたな、というのが正直な感想。言いたい。でも言えない。
「見えるところは綺麗にしておくよう、人は雇っている」
「見えるところだけ、じゃないですか」
普通、貴族の屋敷というのは主人が留守でも住み込みの使用人がいて手入れをするものだ。それなのにこの感じだと庭師しか雇っていないよう。しかも専属でもなさそうだ。
……今日来てよかった。
今朝急にクリスの家はどうなっているのか、と思ったのだ。クリスも全く知らないと言うから、じゃあ行ってみよう、となり、護衛にクルトお兄様を連れてこようと思ったらお兄様は他の仕事でお城にいなかった。だから代わりにヘンドリックお兄様を連れて来た。一応ここの主人だし。
「とりあえず中に入ろうよ」
気のせいだろうか。そう言ったクリスはどこかワクワクしているように見えた。
中は思ったほど酷くはなかった。せいぜい埃が積もって蜘蛛の巣がはってあるくらい。……いや、十分だよ!
自分で自分にツッコミを入れ、クリスへと視線を向けた。
「……すごい!」
目がキラキラしていた。予想外の表情にぎょっとして一歩下がると、床に足跡がついた。
「すごい、お化け屋敷みたい……!」
確かにあっちの世界だったら子供の肝試しの場所になっていたことだろう。……それでいいのか、クリス。
「思っていたよりもマシだな」
なんて涼しい表情で言うヘンドリックお兄様を見る。
「住む予定がないのなら、屋敷はいらなかったのでは?」
そしたら気にもしなくてよかったのに。私が!
「父上が必要だろうと用意したんだ。私は断った」
なるほど。お兄様は最初からいらなかったんだね。お父様は余計なことをしてくれたようだ。
「エレナのお父さんが言ってたよ。屋敷を持てばヘンドリック様も少しは自覚が芽生えて普通の生活を送るようになるかもしれないからって」
……残念、お父様。お兄様はそんな人ではなかったようだ。
改めて屋敷の中を歩き回る。ハンカチで口を押さえないと埃でくしゃみが止まらなくなりそう。
「掃除をすればとても綺麗なお屋敷なのに、もったいないですね」
建てたのか買ったのか知らないけど、お金はかなりかかってそうだ。家は住まないとすぐにダメになると言うし、このままではもったいない。
「なんだ、欲しいならやるぞ」
ヘンドリックお兄様は面倒臭そうに言った。よっぽどこの家の管理をしたくないようだ。
「いりませんわ」
ここに住めるならいいけど、流石にお城以外に住むことは許されないだろう。
「このままにしておけばいずれお父様の怒りが爆発しそうですわ。とりあえず人を雇うべきでは?」
魔法省は超ブラックだがお給料はよかったはず。仕事人間のお兄様は普段お金を使うこともないだろう。
ヘンドリックお兄様は明らかに面倒そうな顔をした。まあそれはそうだ。二人目以降は使用人に任せるとしても、その一人目の使用人は、自分で求人を出して面接をして雇入れを決定しなければならない。
「大丈夫ですよ。屋敷の主人は常に留守なんて、雇ってもらいたい人はたくさんいますわ。しかも貴族街の端ですもの」
貴族街の端とあることが何に有利かと言うと、身分が下の方の貴族でも気兼ねなく出入りできると言うこと。身分が高くない貴族たちはお城に近ければ近いほど近付きづらいらしいから。
一人しっかりした人さえ雇えば後はすぐに集まる。そう思った時だった。
「……いえ、やはりここはわたくしに使わせていただけませんか?」
すぐそこは平民が暮らす下町。立地がとてもちょうどいい。
「何をする気だ」
「以前から考えておりました。平民を貴族の下で働かせることはできないかと」
貴族の家の使用人は貴族。暗黙の了解だ。男爵家など下の方の家は使用人が少なく、自ら家事をする人もいるそうだ。それは自分達よりも身分が下の人がいないから。
でも私は思っていた。別に使用人は貴族じゃなくてもいいんじゃない?と。だって貴族だって買い物をする時は平民を呼びつけて買うこともあるんだし。それに田舎の方では平民を雇っている貴族も少なくない。それを王都でもすればいい。
使用人に平民を雇えば、貴族から平民にお金が流れる。平民も仕事が増える。お互いの距離感が縮まる。いいこと尽くめだ。ただそれなりのマナーを身につけてもらわないといけないのがネックだった。そのための場所がなかったから。
「このお屋敷を使って、平民への教育をします。男爵家や子爵家で雇い入れてもらえるように」
ここで試しにやってみてできそうなら別で教育機関を設ける。そしてそこから伯爵家、侯爵家と広がっていけば万々歳だが、流石にそこまでは求めない。ただ私は貴族と平民がもう少し近くで生きていければいいな、と思う。
「あ、陛下の許可はちゃんと取りますので。どうですか?」
ヘンドリックお兄様は少し考え、そして言った。
「好きにしろ。必要なら勝手に使え」
「ありがとうございます」
そうお礼を言った時、埃まみれになった、楽しそうなクリスがどこからか戻ってきた。
遠目では綺麗に見えた。だけど近くから見ると汚れがすごい。そして、道から見えないところの草がやばい。
「……ヘンドリックお兄様、まさか本当にずっと放置してらしたのです?」
「だからそう言っているだろう」
何度も言わせるな、と言いたそうなお兄様。隣でクリスが「これはやばい」と呟いた。
ここが誰の家かと言うと、クリスとヘンドリックお兄様の家だ。と言っても、クリスは一度もここで寝たことはないどころか、引っ越しの時しか入ったこともないらしいけど。お兄様もどうせ似たようなものだ。
「さ、流石にこれは……」
何と言っていいか分からず言葉を濁す。よくここまで放っておいたな、というのが正直な感想。言いたい。でも言えない。
「見えるところは綺麗にしておくよう、人は雇っている」
「見えるところだけ、じゃないですか」
普通、貴族の屋敷というのは主人が留守でも住み込みの使用人がいて手入れをするものだ。それなのにこの感じだと庭師しか雇っていないよう。しかも専属でもなさそうだ。
……今日来てよかった。
今朝急にクリスの家はどうなっているのか、と思ったのだ。クリスも全く知らないと言うから、じゃあ行ってみよう、となり、護衛にクルトお兄様を連れてこようと思ったらお兄様は他の仕事でお城にいなかった。だから代わりにヘンドリックお兄様を連れて来た。一応ここの主人だし。
「とりあえず中に入ろうよ」
気のせいだろうか。そう言ったクリスはどこかワクワクしているように見えた。
中は思ったほど酷くはなかった。せいぜい埃が積もって蜘蛛の巣がはってあるくらい。……いや、十分だよ!
自分で自分にツッコミを入れ、クリスへと視線を向けた。
「……すごい!」
目がキラキラしていた。予想外の表情にぎょっとして一歩下がると、床に足跡がついた。
「すごい、お化け屋敷みたい……!」
確かにあっちの世界だったら子供の肝試しの場所になっていたことだろう。……それでいいのか、クリス。
「思っていたよりもマシだな」
なんて涼しい表情で言うヘンドリックお兄様を見る。
「住む予定がないのなら、屋敷はいらなかったのでは?」
そしたら気にもしなくてよかったのに。私が!
「父上が必要だろうと用意したんだ。私は断った」
なるほど。お兄様は最初からいらなかったんだね。お父様は余計なことをしてくれたようだ。
「エレナのお父さんが言ってたよ。屋敷を持てばヘンドリック様も少しは自覚が芽生えて普通の生活を送るようになるかもしれないからって」
……残念、お父様。お兄様はそんな人ではなかったようだ。
改めて屋敷の中を歩き回る。ハンカチで口を押さえないと埃でくしゃみが止まらなくなりそう。
「掃除をすればとても綺麗なお屋敷なのに、もったいないですね」
建てたのか買ったのか知らないけど、お金はかなりかかってそうだ。家は住まないとすぐにダメになると言うし、このままではもったいない。
「なんだ、欲しいならやるぞ」
ヘンドリックお兄様は面倒臭そうに言った。よっぽどこの家の管理をしたくないようだ。
「いりませんわ」
ここに住めるならいいけど、流石にお城以外に住むことは許されないだろう。
「このままにしておけばいずれお父様の怒りが爆発しそうですわ。とりあえず人を雇うべきでは?」
魔法省は超ブラックだがお給料はよかったはず。仕事人間のお兄様は普段お金を使うこともないだろう。
ヘンドリックお兄様は明らかに面倒そうな顔をした。まあそれはそうだ。二人目以降は使用人に任せるとしても、その一人目の使用人は、自分で求人を出して面接をして雇入れを決定しなければならない。
「大丈夫ですよ。屋敷の主人は常に留守なんて、雇ってもらいたい人はたくさんいますわ。しかも貴族街の端ですもの」
貴族街の端とあることが何に有利かと言うと、身分が下の方の貴族でも気兼ねなく出入りできると言うこと。身分が高くない貴族たちはお城に近ければ近いほど近付きづらいらしいから。
一人しっかりした人さえ雇えば後はすぐに集まる。そう思った時だった。
「……いえ、やはりここはわたくしに使わせていただけませんか?」
すぐそこは平民が暮らす下町。立地がとてもちょうどいい。
「何をする気だ」
「以前から考えておりました。平民を貴族の下で働かせることはできないかと」
貴族の家の使用人は貴族。暗黙の了解だ。男爵家など下の方の家は使用人が少なく、自ら家事をする人もいるそうだ。それは自分達よりも身分が下の人がいないから。
でも私は思っていた。別に使用人は貴族じゃなくてもいいんじゃない?と。だって貴族だって買い物をする時は平民を呼びつけて買うこともあるんだし。それに田舎の方では平民を雇っている貴族も少なくない。それを王都でもすればいい。
使用人に平民を雇えば、貴族から平民にお金が流れる。平民も仕事が増える。お互いの距離感が縮まる。いいこと尽くめだ。ただそれなりのマナーを身につけてもらわないといけないのがネックだった。そのための場所がなかったから。
「このお屋敷を使って、平民への教育をします。男爵家や子爵家で雇い入れてもらえるように」
ここで試しにやってみてできそうなら別で教育機関を設ける。そしてそこから伯爵家、侯爵家と広がっていけば万々歳だが、流石にそこまでは求めない。ただ私は貴族と平民がもう少し近くで生きていければいいな、と思う。
「あ、陛下の許可はちゃんと取りますので。どうですか?」
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