ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
101 / 118

不満な人たち

しおりを挟む
陛下に許可を取ったりカイと相談したり、教師側の貴族を雇ったり、貴族の下で働いてみたいと言う平民を集めたり、色々なことが済んでとうとう私たちは平民の教育を開始した。

進捗を聞く限りそれは概ね上手く進んでいるはずだった。ある日、陛下に呼び出されるまでは。


ユリウス様と一緒に会議室に入ると、そこには既にたくさんの貴族がいた。公爵から男爵まで、お城でよく見る貴族の顔ぶれだった。ざっと二十人はいる。

私を見てコソコソと話す人たちを無視して席に座る。少しすると陛下やカイも来た。

……身分的には上から下まで揃ったって感じだね。でも全員じゃない。なんでわざわざ私が呼ばれたんだろう。

陛下は皆の顔を見回すと言った。


「言いたいことがある者は発言を許す」


「では」と一人が手を上げた。名前は知らないけど伯爵だ。

伯爵はちらりと私を見て、陛下へ向かって言った。


「最近、貴族街で平民を見ることがあります。聞けば平民へ教育を施しているとか……説明をしてもらいたいのですが」

「許可はしている。問題があるか?」


陛下はなんでもないように言った。おそらくこの会話は初めてではないのだろう。説明をして陛下の許可があると言っても、納得がいかない人なのだ。そしておそらくここにいる貴族だけではなく、もっとたくさんの人が不満を持っていると思ってもいいだろう。


「想定内」


ユリウス様がつまらなさそうに呟いた。私も小さく頷く。私のことが気に入らない貴族はすぐに難癖をつけてくる。今回もそうだろうとは思っていた。


「平民が貴族街へ入るのです。それが問題ではないとおっしゃるのですか?」


周りから賛同するような声がいくつか聞こえる。


「汚らしい平民が私たちと同じ道を歩くなど考えただけでもおぞましい……!」


イラッとした。が、何も言わず立ち上がらず。ひたすら黙って座っているのみ。


「平民は平民、貴族は貴族。生活範囲はしっかりと分けるべきだと思いますが?」


手を上げる。陛下は一瞬嫌そうな顔をした。がすぐに頷いてくれた。


「分ける必要性が分かりませんわ」


居住区が分かれるのは仕方のないことだ。生活範囲がある程度決まってくるのも。だけどその境目をはっきりと決め、入ることすらも許されないなど、それは違うと思う。


「分ける必要性?」


伯爵はふっと馬鹿にしたように笑った。周りの人もくすくすと笑う。


「必要性など言っている時点であなたはダメなのです。貴族は貴族、平民は平民。それだけで十分すぎます」


隣のユリウス様がピリッとした。私が馬鹿にされたことを怒っているようだ。気が付いているのは私と陛下とカイ、それから公爵数人のみ。


「平民に教育など必要ありません。あの平民ですよ?何もできない、汚い平民。媚びへつらうだけしか脳のない平民。いなくなっても誰も困りません」


あちこちから同意するような声や馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。

カッとなり、音を立てて立ち上がると、たくさんの視線が私へと向いた。媚びへつらうだけしか脳がないのはあんただろう。その言葉は飲み込んだ。


「いなくなっても誰も困らないとは、よく言ったものですね、伯爵」


出来るだけ冷静であるように気をつける。そうじゃないと怒りでこの部屋を吹っ飛ばしてしまいそうだ。


「皆様の着ている服は誰が作っているとお思いですか?」


私の言葉に伯爵は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「残念ですな。私は全ての服を貴族の店で買っております」


ああ、そう。ドヤ顔がちょっとウザい。


「ではその服を作る布は誰が織っているのです?布を織るための糸を紡いでいるのは?その糸を紡ぐための蚕を育てているのは?どこにも平民の手が入っていないと言うのです?」


段々と顔色の悪くなっていく伯爵。そりゃそうだ。服を作ったり布を織ったりする貴族はいても、蚕を育てる貴族は流石にいない。


「どうもあなたはこの世界は貴族だけでまわっていると思っておられるようですが、少し考えが足りないのでは?」


実際、私たちの生活は平民に支えられている。平民がいなければゴミの処理もできない。着る服もない。食べ物もない。貴族が我が物顔で独占している贅沢品のほとんどは平民が手間と時間をかけて作ったものだ。

伯爵が顔を真っ赤にして私を睨んだ。


「平民を馬鹿にするのでしたら、全てご自分でなさったらよろしいかと」


一人で全てができるならしたらいい。できないなら文句を言うな。

言葉が出ない様子の貴族たち。


「……人を見下すことはほどほどになさいませ。誰だって一人では生きていけないのですから。いずれ自らの首を絞めることとなりますよ」


それだけ言うと私は椅子へ座った。もうさすがに文句はないだろう。と、思ったが、伯爵はしつこかった。


「ディ、ディターレ公爵!あなたも何かおっしゃりたいことがあるのでは……!」


おお、そっちに行くか。ディターレ公爵は一応第一皇子派ではあるが、反エレナ派の筆頭だ。いつも難癖をつけてくる。今回も伯爵はディターレ公爵が私に文句を言うことを期待しているのだろう。

しかし私はわかっている。ディターレ公爵はこれまで一言も発していない。ずっと我関せず、といった態度だった。

ディターレ公爵を見ると、目が合った。この人は私のことは気に入らないけど、私のすること全てが気に入らないわけではないのだ。

本当に間違っていると思ったり、自分と考え方が違ったりすると嫌味を言うことはあるが、そうではない時は何も言わない。それに理不尽な言い掛かりをしてユリウス様の怒りを買うことを恐れているのだ。

息子であるレオンを冷遇したり、最低な人だとは思うけど、馬鹿ではない。


「興味ない。私の視界に入らないところで平民が何をしようと関係ない」


伯爵は絶望の表情だけど、私は心の中でガッツポーズをする。

勝った、完全に勝った……!

まあ会議が始まってからも騒いでいるのは下の方の伯爵以下だけだったので、負ける気はしなかったけど。


「まだ何か言いたいことがある者はいるか?」


先ほどまで騒いでいた人たちは皆項垂れている。陛下は全体を見回して立ち上がり、会議室を出て行った。

ディターレ公爵と目が合った。ありがとうの気持ちを込めて微笑む。公爵は眉をひそめて視線を逸らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...