ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
106 / 118

報告

しおりを挟む
「妊娠しました」


夜、ベッドに座ってそう言った私に、ユリウス様は「そう」と一言言っただけだった。お茶を飲みながら読んでいる本から目を上げることもせず。

……まあユリウス様は元々子供は望んでいなかったわけだしね。

少し、ほんの少しだけ喜んでくれないことに心が痛んだが、すぐに納得する。かく言う私も、妊娠が分かって喜んでいるとかと聞かれると、正直そうではない。実感がなさすぎるのだ。本当にこのお腹の中に別の生物がいるとは思えない。


「ところで、今日はお忙しい中ありがとうございました」


仕事をたくさん抱えたユリウス様にヴェルナー様との手合わせを変わってもらったのは、本当に申し訳ない。


「うん」


ユリウス様はまた頷くだけ。読書に集中したいのかと一瞬考えたが、私が話しかけたくらいで集中できなくなる人ではないし、話しかけられたくなかったらきっと返事もしないだろう。


「どちらが勝ったのですか?」

「ヴェルナーだよ」


さらっと答えられ、少し意外だなと思った。ユリウス様ならヴェルナー様にも勝てるかと思ったんだけど。


「そう、ですか」


あのヴェルナー様に勝ったと一度は聞いてみたいものだ。なんて考えていると、パタンと本を閉じる音がした。

顔を上げると微笑むユリウス様が。


「勝った方がよかった?」

「あ、いえ……」


ヴェルナー様は手合わせをする代わりに話を聞く、と言っただけで、勝ち負けなど関係ない。まあ私が手合わせをしなかった時点で約束的にはちょっと怪しいところだけど。


「……ユリウス様はヴェルナー様に勝てるんですか?」


純粋な疑問。先ほどの言い方だとまるでわざと負けたみたいだ。

ユリウス様は笑う。


「勝てるよ。君が勝ってほしいと願うなら」


なるほど。ユリウス様らしい。ふふっと笑いが溢れた。


「でしたら、私が見ている時に勝って欲しいです」


本当は今日の試合だって見たかったけど。

ユリウス様は立ち上がって私の隣に座った。


「分かったよ」


髪が触られる。少しくすぐったい。少しの沈黙ののち、ユリウス様は呟いた。


「……君は、もう僕のだけじゃなくなるんだね、エレナ」

「私は元よりユリウス様だけのものではありませんよ?」


思わずそう言うと、ユリウス様は一瞬驚いた表情を浮かべ、そして可笑そうに笑った。


「そうだね。そうあってくれたら部屋に閉じ込めることもできたのにね」

「……いつも面倒事ばかり起こしてすみませんね」


ヘンドリックお兄様にも何度か言われたことがある。「お前はもう部屋から出るな」と。クリスにもたまに言われる。「エレナは部屋から一歩も出ない方が皆の頭痛が減るんじゃない?」と。まさかユリウス様までそう思っていたとは。

謝るとユリウス様は「そういう意味じゃないよ」ともっと笑った。


「何か食べたいものはあるかい?」

「え?」


あまりにも想定外の質問に私は一瞬何を言われたのか分からなかった。食べたい物?私が?


「これから体調が悪くなるかもしれないだろう?何もないなら適当に栄養のある果物でも用意させるけど」

「あ、はい、今のところは特に……」


ユリウス様が妊娠した私を気遣っている?喜んでないかと思ったけど、実は嬉しいのか?よく分からない。


「とりあえず明日からは僕が一緒にいない時以外は常にクルトを側に置いておくこと」

「城内でも、ですか?」

「うん、この部屋の中でも」


大袈裟だ。そう思った私にユリウス様は言った。


「妊娠なんてどんなに隠してもすぐにバレるんだ。育っていない子なんてちょっとのことで流れるからね」


……そうか、私は皇族。出産したら子供も皇族になる。ユリウス様は皇位継承権を放棄しているが、子供にはある。カイ派の貴族が狙ってくる可能性は十分にあるのだ。


「僕もできるだけ君と一緒にいられようにするけど、ずっとはいられないからね。ヘンドリックも近くに置いておこう」


確かにクルトお兄様とヘンドリックお兄様がいたら多少の刺客など脅威ではない。


「部屋からはなるべく出ないでね」


子供を望んでいなかったユリウス様。だけど一応守る気はあるようで安心。頰が緩んでいたのか、ユリウス様は言った。


「別に子供を守る訳ではないよ。僕は君が悲しむ姿を見るのが嫌なんだ」


ツンデレか、と思ったけど、ユリウス様のことだから本心の可能性もある。


「ええ、今はそれでも大丈夫です。産まれたらきっとユリウス様もメロメロにならますよ」


嬉しくてつい口が滑ってしまった。ユリウス様が嫌そうに顔を顰める。


「僕が大事なのは君だけだよ」


きっぱりと否定されても私は確信がある。


「いいえ、断言します。だってわたくしの子ですもの」


そう言って笑顔を向けると、ユリウス様はふっと笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...