追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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ユルンの秘密

目が覚めた時は部屋の中が真っ暗だった。窓の外は暗い。確か食堂で皆で話をしていた時にギドに挑発されて……。


「ここは……」

「あなたの部屋だ」


思わぬ声に笑いが漏れた。人の気配はしていたが、てっきりマリーだと思っていた。

くすくすと笑っていると明かりがついた。眩しさに目を細め、こちらへ近付く足音を聞く。ベッドに腰掛けたまま見上げるとエーリッヒ様は「なぜ笑う」と私を見た。


「いつぞやを思い出しまして」


あの時はファルラニアだった。パーティー中に倒れた私を抱き止め、目が覚めるまでそこにいてくれた。

体はどこも痛くない。ということは誰かが抱き止めてくれたはず。


「今回もエーリッヒ様が?」

「ああ」

「ありがとうございます」


あ、寝衣を着てる。マリーが着替えさせてくれたのかしら。なんて考えているとエーリッヒ様がボソリと言った。


「……ここにいるのはマリーには内緒で頼む」


ええ、と頷く。私だってマリーに知られたら怒られるなんてものではないだろう。夜に殿方を部屋に入れるなんて。エーリッヒ様じゃなければ短剣を突き付けていたかもしれない。


「2人で話したいことがある」

「では念の為扉を閉めておきましょうね」


せっかく許可をもらったのだ。使わない手はない。

紙に魔法陣を描く。施錠の魔法陣だ。少し複雑にしておくと開けられる人はほとんどいないだろう。


「ついでに防音も重ねておきましょう」


私の手元を見てエーリッヒ様は「優秀なのだな」と呟いた。優秀だなんて烏滸がましいが。


「一応、第一王子の文官ですから」


描き上がった魔法陣を扉に貼る。魔石は明かり用のものを使おう。そう思って明かりの魔法陣を見た。そこには魔石がある。だが、それは本来あるべき場所にない。


「……どういうことですか?」

「あなたには分かるか」


この魔法陣はとても簡単な造りだ。作動させるためには魔法陣の上に魔石がないといけないはず。だが魔石は魔法陣の横にある。

エーリッヒ様は私の隣に立ち、扉に貼った魔法陣に触れた。すると、魔法陣が光った。間違いない。魔法陣は今作動した。魔石を使わずに。


「……すごいな。このレベルの魔法陣を描ける人間は今のユルンにはいない」

「ちょ、ちょっと待ってください……!今何をしたのですか?」


魔法陣のレベルなんてどうでもいい。そんなことよりも何故魔石を使わずに魔法陣を起動させられたのか、だ。

エーリッヒ様は言った。


「これがユルンの最大の秘密だ。ユルンの子は魔力を有している」


言葉が出なかった。人間が魔力を持つなど。魔石がなくとも魔法陣を使うことができるとは。

……信じられない。


「あなたも祝福を受けた。魔法陣に触れるだけで起動することができるはずだ」

「……冗談でしょう?」


そう言ったがエーリッヒ様は冗談を言うような人ではない。

ならば何故それが他国に伝わっていないのだろう。それが知られればきっとユルンの民は無事ではすまない。他国に連れ出され、魔石代わりに利用されることは容易に想像できる。


「……だから魔法陣は規制されている?ユルンの民すらそのことを知らない?」


たどり着いた答え。呟くとエーリッヒ様は「正解だ」と頷いた。


「ユルンの民も神の許可さえあれば他国へ出ることができる。過去のユルン王はユルンの民を守るため、その事実を秘匿し、魔法陣の使用を規制した」


納得がいった。


「城内の魔法陣は全て隠されている。見える魔法陣は魔石による起動しかできないような造りになっている」

「ああ、それで見たことのない要素が入っていたのですね」


魔法陣はいくつかの要素で成り立っている。その要素が入れば入るほど複雑な魔法を作り上げることができるが、要素同士にも相性の良し悪しがあるので、一から魔法陣を作るのは簡単なことではない。

そして私は魔法陣の要素をほとんど知っている。それなのにここへ来て知らない要素を見た。いつか研究したいと思っていたが、それがそうだったのだ。


「これはこの話のために持って来たものだ」


確かに元々置いてあったものとは違う。

エーリッヒ様が壁の一部に触れた。それは結構高いところで、私だったら手を伸ばさないと届かない場所。間違えて触れることはまずないであろう場所だ。

部屋の中が一層明るくなり、エーリッヒ様は明かりの魔法陣が描かれた紙をくるくると閉じた。


「この話は他の3人には内緒ですか?」

「あなたが信頼できる者なら話しても良い」


エーリッヒ様は表情を変えずに言った。少し考えて首を横に振る。

誰にも言うべきではない。この秘密にはユルンの人たちの命運がかかっている。エーリッヒ様は眉を寄せて私を見た。


「……それよりも、私はまだここへいてもいいのですか?」


どう言う意味だ、と問われ、言葉のままです、と答えた。エーリッヒ様は何か言いたそうだったけど、先に口を開いた。


「先ほどギドが言ったことは全て本当です。私がこの手で奪った命は十や二十ではありません」


殺そうとして殺した人も、殺す気はなかったけど殺してしまった人もいる。


「ギドへ投げた短剣も無意識でした。エーリッヒ様を殺すつもりはありません。だけどあの攻撃性がいつエーリッヒ様に向くとも分かりません」


そんな私がここへいていい理由などない。今この瞬間に追い出されたとしてもおかしくない。


「あなたは自分の手が汚れていると言いました。だけど私の手はもっと汚れています。ここにいる資格などありません」


沈黙が降りた。いたたまれなくてスカートをギュッと握って俯く。少ししてエーリッヒ様は静かな声で言った。


「……それでもあなたは身内を殺したことはないだろう」


思いがけない言葉に顔を上げると、エーリッヒ様は真っ直ぐに私を見ていた。目が合う。視線は逸らされることなく、衝撃的な言葉を聞いた。


「私は兄を殺した」


ユルン前王。彼は半年前に亡くなった。そしてその後に王座についたのがエーリッヒ様だ。その原因は火事だと聞いている。


「私がこの手で刺し、兄の離宮に火をつけた」


兄もその側近も皆火に巻かれた。

そう言ったエーリッヒ様の表情は変わらない。だけど目には深い悲しみが見える気がする。


「……誰も知らないことだ」


どうしてエーリッヒ様はそのことを私に話したのだろう。そんな大事なことを……。

何か言わないといけない。そう思ったが何と言ったらいいか分からない。ただエーリッヒ様を見つめる。エーリッヒ様も私を見つめていた。

少し経つとエーリッヒ様は目を逸らした。


「あなたの手が汚れていようとも私は気にしない」


私はまだ何も言葉が出ない。何と答えたらいいか分からない。


「……少し外に出よう」


考える前に「はい」と頷いていた。

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