2 / 89
第一章
探し物Ⅱ
しおりを挟む
布団から出て顔を洗うと、既に覚めていた頭がだんだんと現実に向いていく。
その瞬間、途端に気持ちが悪くなる。
これもいつものことだが、これだけは未だに慣れない。
顔を上げて鏡を見ると、髭が伸びた、だらしない顔が映っている。
「どこか行かないと」
仕事は一週間前に辞めた。
大学を卒業して就職した会社だった。
仕事は好きだった。職場の人もいい人たちばかりだった。
不満を覚えたことはもちろんあるが、辞めるほどではなかった。
だけど、僕は我慢ができなかった。
紗苗さんを殺した僕が何気ない顔で会社の、社会の一員でいること。
急にその罪悪感に耐えられなくなった。五年も経って今更かよ、と自分でも思う。
この一週間ただひたすら怠惰に過ごした。
住み慣れたアパートの一室で、外に一歩も出ることなく、最低限のことだけをして過ごした。
毎日毎日紗苗さんのことを考えて、考えて、考えまくった。
だけど、だからと言って紗苗さんに会えるわけでも、なければ何かを思い出すこともなかった。
ため息がこぼれる。
そろそろ外に出ないといけない。
このままでは、僕はダメになってしまう。
リビングのカーテンを開けると光が部屋の中に入ってきた。
朝とは思えない光の量に時計を見ると、針は既に十時半を指していた。
思考が一瞬止まる。僕はこんなにも長い間寝ていたのか。
まだせいぜい八時くらいだと思っていた時計が思いのほか進んでいたので、特に用事もないのに、慌てて外に出る準備を進めた。
アパートから出ると眩しい日差しにめまいがした。
一週間ぶりの日の光は容赦なく僕に降りそそぐ。
部屋に引き返したい気持ちをどうにか抑えて少し歩くと、だいぶましになった。
行く場所は出る前に決めた。
図書館へ行って、紗苗さんの一番好きだった本を読もうと思った。
ただ、タイトルが思い出せない。作者も分からない。
こんな状況で本当に見つかるのか分からないけど、それでもいいと思った。
見つかるまで探そうと思った。
何日でも何週間でも。見つからなかったら僕はずっと紗苗さんのことを考えていられるから。
歩いていて気になった。
やけに若い人が、というか学生が多い。
制服だったり私服だったりするが、確実に学生だろうっていう子が多い。
今日は水曜日のはずだ。
皆学校はどうしたんだろうか。
……ああ、そうだ、今日は11月23日。祝日だ。
仕事を辞めて今日が何日なのかも分からなくなっていた。
「重症だな」と誰にともなく呟いて、そこまできつくないはずの日差しの中を、耐えながら歩いた。
その瞬間、途端に気持ちが悪くなる。
これもいつものことだが、これだけは未だに慣れない。
顔を上げて鏡を見ると、髭が伸びた、だらしない顔が映っている。
「どこか行かないと」
仕事は一週間前に辞めた。
大学を卒業して就職した会社だった。
仕事は好きだった。職場の人もいい人たちばかりだった。
不満を覚えたことはもちろんあるが、辞めるほどではなかった。
だけど、僕は我慢ができなかった。
紗苗さんを殺した僕が何気ない顔で会社の、社会の一員でいること。
急にその罪悪感に耐えられなくなった。五年も経って今更かよ、と自分でも思う。
この一週間ただひたすら怠惰に過ごした。
住み慣れたアパートの一室で、外に一歩も出ることなく、最低限のことだけをして過ごした。
毎日毎日紗苗さんのことを考えて、考えて、考えまくった。
だけど、だからと言って紗苗さんに会えるわけでも、なければ何かを思い出すこともなかった。
ため息がこぼれる。
そろそろ外に出ないといけない。
このままでは、僕はダメになってしまう。
リビングのカーテンを開けると光が部屋の中に入ってきた。
朝とは思えない光の量に時計を見ると、針は既に十時半を指していた。
思考が一瞬止まる。僕はこんなにも長い間寝ていたのか。
まだせいぜい八時くらいだと思っていた時計が思いのほか進んでいたので、特に用事もないのに、慌てて外に出る準備を進めた。
アパートから出ると眩しい日差しにめまいがした。
一週間ぶりの日の光は容赦なく僕に降りそそぐ。
部屋に引き返したい気持ちをどうにか抑えて少し歩くと、だいぶましになった。
行く場所は出る前に決めた。
図書館へ行って、紗苗さんの一番好きだった本を読もうと思った。
ただ、タイトルが思い出せない。作者も分からない。
こんな状況で本当に見つかるのか分からないけど、それでもいいと思った。
見つかるまで探そうと思った。
何日でも何週間でも。見つからなかったら僕はずっと紗苗さんのことを考えていられるから。
歩いていて気になった。
やけに若い人が、というか学生が多い。
制服だったり私服だったりするが、確実に学生だろうっていう子が多い。
今日は水曜日のはずだ。
皆学校はどうしたんだろうか。
……ああ、そうだ、今日は11月23日。祝日だ。
仕事を辞めて今日が何日なのかも分からなくなっていた。
「重症だな」と誰にともなく呟いて、そこまできつくないはずの日差しの中を、耐えながら歩いた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる