あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

偶然の出会いⅢ

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何か変なことを言っただろうか。顔を上げると目が合った。


「え、何……」


じっと見つめられて、たじろいだ。

女の子はそんな僕の様子を気にしていないのか、何も言わずにただこっちを見てくる。


「あ、あの……」


そこでようやく視線が外れた。

今のは何だったのか。少しして女の子が口を開いた。


「三上麗奈です」


みかみれいな。

少し考えてそれがこの子の名前なんだと分かった。


「漢字はこうです」


そう言いながら空中に書いて見せてくれる。

なるほど、麗奈ちゃんか。

麗しいという漢字はなんだか派手なイメージがあったが、それとはかけ離れているこの子にもすごく似合っている。


「僕は朝賀弘介」

「あさがこうすけ、さん」

「うん、漢字はこう。年は二十七だよ」


麗奈ちゃんと同じように空中に漢字を書いて見せる。

こうして誰かと自己紹介をするのはいつぶりだったか。

くすぐったいような気持ちになる。


「弘介さんって呼んでもいいですか?」

「うん、もちろんだよ。改めて、よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


よろしくとは言ったものの、昨日今日と会ったからと言ってまた会う予定があるわけではない。

というか、もう会うことはないだろうとも思う。

別にいいか。

よろしくと言ったからといってまた会わないといけないなんてことはないはずだし。

視界の端に映っていたサッカー少年たちをぼんやりと眺める。

もう十一月だと言うのに中には半そでの子もいる。小学生は元気だな。


「弘介さん、昨日のあの本読んでみましたか?」

「うん、読み終わって、さっき返してきたよ」

「どうでしたか?」


聞かれるとは思ったが、言葉に詰まってしまった。なんて言ったものか……。


「そうだね……」


恋愛小説だった。

両想いの二人が付き合って、高校を卒業と同時に別れて数年後に再開する。

かいつまむとそんな話だった。

読んでいて紗苗さんを思い出した。

小説の中の青春劇とかつての僕たちの姿が重なった。

だけど、それだけだった。

紗苗さんがこの本のどこをいいと言っていたのかは分からない。

聞いて忘れているのかもしれないし、そもそも聞いていないのかもしれない。

だけど、僕にはそんなにもいいとは思えなかった。

読み終わった時はショックだった。

というか、今でもショックは残っている。

紗苗さんの好きだったものを僕は好きになれない。

もし紗苗さんがいた頃にこの本を読んでいたらもっと違う感想があったのかな。

今更そんなことを考えても遅いことは分かっている。


「正直に言うと、僕には良さが分からなかったよ」


言葉が見つからなくて正直に言った。だけどこの本を好きだと言った麗奈ちゃんにそう言うことが申し訳なかった。


「そうですか」


麗奈ちゃんはそれしか言わなかった。

探すのを手伝わせた上に、譲ってあげたのにそれか、と思われてそうだ。

怒っていないかと表情を見てみるがよく分からない。

やっぱり嘘でも面白かったと言えばよかったのかな。

僕が黙り込んだのを見て、麗奈ちゃんは慌てて言った。


「ああ、別に怒っていませんよ。人それぞれ好みはありますからね」


その言葉に胸をなでおろしたが、


「ただ、少し残念だなと思っただけです」


次の言葉でドキッとした。

別に麗奈ちゃんは責めているわけではないだろうけど、罪悪感が拭えない。

目だけで麗奈ちゃんの顔を見てみると、少し落ち込んでいるように見えた。

申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、謝るのも違う気がして何も言えない。
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