あの日、君は笑っていた

紅蘭

文字の大きさ
9 / 89
第一章

偶然の出会いⅣ

しおりを挟む
「さて」


少しすると突然麗奈ちゃんが立ち上がった。


「私そろそろ帰らないといけません」


その時、五時を知らせる鐘が聞こえた。

ああ、もうそんな時間か。どおりで薄暗いわけだ。


「近くまで送っていくよ。もう暗いし」


僕も立ち上がりながらそう言うと、麗奈ちゃんはもうすでに歩き出していて、立ち止まってこちらを振り返った。


「ありがとうございます。でも大丈夫です。走って帰るので」


それでもこんな時間に女の子を一人で帰らせるわけにはいかない。

しかし、僕が声を出す前に麗奈ちゃんが言った。


「また弘介さんのギターを聞きたいです」

「え?」

「明日、ここで」


そう言うなり、本当に走って行ってしまった。

大人しくて落ち着いているけど、たまに僕の言葉を聞いてくれない子だ。

麗奈ちゃんは少しだけ紗苗さんに似ているような気がする。


――また弘介さんのギターが聞きたいです。明日、ここで。


麗奈ちゃんの言葉が頭の中でこだまする。

もう会わないんじゃないかと思ったが、まだ次があるようだ。

明日はギターの弦を張り替えて待っていようと思った。



次の日も麗奈ちゃんは同じくらいの時間に来た。


「こんにちは」

「こんにちは。待たせてすみません」

「待ってないよ」


そうは言ったが、実はもう二時間くらいここにいる。

というのも他にすることもなく暇だったからだ。

午前中に楽器店へ行って、ついでに美味しいと評判のお菓子屋さんに行ってみた。

そして昼食を食べてここへ来た。

ここへ来る途中に散歩がてらうろうろしてみたが、あまり時間はつぶせなかった。


「お腹空いてない? これあるんだけど」


お菓子屋さんで買ったクッキーを出すと、麗奈ちゃんは目を輝かせた。


「これ、あのお店のじゃないですか! 食べてもいいんですか!?」


思っていたよりも喜ばれて、僕も嬉しくなる。


「どうぞ」

「ありがとうございます。私ここのお菓子大好きなんです!」


この子、こんな顔もできるんだな。

昨日も一昨日も麗奈ちゃんはどこか大人びていたから、子供のように笑うその顔は意外だった。

麗奈ちゃんは昨日と同じように僕の右隣に座り、「いただきます」と手を合わせた。

膝にはハンカチをひいている。女の子だなと思う。

紗苗さんも外で何かを食べるときはそうしていたことを思い出した。


「美味しいです。弘介さんも半分食べませんか?」


麗奈ちゃんは本当にいい子だ。

本も、お菓子も僕に譲ってくれようとする。

それに言葉の端々に丁寧さを感じる。

ちゃんと考えて喋っているようだ。思ったことをすぐに口にする僕とは大違い。

麗奈ちゃんと高校生ってこんなに大人だったかなと何回も思う。


「いや、いいよ。麗奈ちゃんのために買って来たんだから」


口をついて出た言葉にはっとした。

今考えていたところだったのに、また思ったことがすぐに言葉になった。

誤解を生むような言い方をしたかもしれない。

麗奈ちゃんを見ると、一瞬驚いたような顔をしていたがすぐに笑顔になった。


「わざわざありがとうございます。嬉しいです」


どうやら引かれていないようだ。よかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...