あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

偶然の出会いⅦ

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「昨日の曲は何回も弾いたからね」


それこそ毎日のように弾いていた頃もあった。

紗苗さんが大好きだったから。

他の曲とは比べ物にならない程、何回も何回も弾いた。

だからあれは、あの曲だけは今でも上手に弾けるんだと思う。


「あの、違ったらすみません。誰かのためにギターを弾いていたのですか?」

「え……?」


ドキッとした。

僕のどの言動が彼女にそう思わせたのか分からない。


――女の子は男の子が思っているよりも鋭いんだよ。


かつての紗苗さんの声がよみがえる。

僕はいつも紗苗さんに隠し事ができなかったんだ。

自分ではどんなに上手く隠せていると思っていても紗苗さんにはいつもばれて、その度に紗苗さんはそう言って笑った。

そうだったね、紗苗さん。

心の中でそう呟いて、なんと言ってごまかすかを考えていると、先に麗奈ちゃんが口を開いた。


「すみません、なんとなくそんな気がしただけなんです。気にしないでください」


内心、ほっと息をついて意味もなくギターを鳴らしてみる。

「気にしないでください」とは言われたが、さっきまでとは打って変わって居心地が悪い。

何も言葉が出てこないし、麗奈ちゃんも何も言わない。

沈黙の中で適当に弦をはじく。

麗奈ちゃんはただその音を聞いているようで、僕はそのまま音を鳴らし続けた。

少しの間そうしていると、五時を告げる鐘が鳴った。

その音と同時になった笛にサッカー少年たちが集まっていく。もうそんな時間か。


「私そろそろ帰らないといけません」


昨日と全く同じ言葉を言って立ち上げる麗奈ちゃんを、僕は手を止めて見た。

目が合う。


「来週もここに来ますか?」


来週もここに?

まあギターを弾くにはここしかないし。


「多分来ると思うけど」

「じゃあまた来週ですね」


麗奈ちゃんはそれだけ言うと、手を振って走って行った。

僕はまた置き去りにされ、小さな背中を見送る。

今日こそ送って行こうと思ったのに。

こんなに遅くまで付き合わせて一人で帰らせるのは申し訳なくなる。

はたと気が付いた。

あれ、なんであの子は当たり前のように僕の隣に座ってギターを聞いているんだ?

一昨日偶然図書館で会って、昨日また偶然ここで会っただけなのに。

上手くもない僕のギターを聞くなんて暇なのだろうか。

女子高生という生き物はいつの時代も変わらず、何を考えているか分からないなと思った。
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