あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

彼と彼女Ⅱ

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どうしてこんなところにあったのかは分からない。

分からないことも、こんな押し入れの中にあったのもショックだった。

だが、それ以上にこれの存在を忘れていたことに酷く罪悪感を覚えた。

開けてみると紗苗さんの笑顔がそこにあった。

紗苗さんの笑顔は不思議だ。どんなに機嫌が悪い時も紗苗さんが笑うだけで僕も笑ってしまう。

それは写真になっても健在で、つい頬が緩んでしまった。

大事なものをしまう棚に置いてあるお菓子の缶を開ける。

ここには紗苗さんがくれたものを入れている。

紗苗さんが撮った花の写真。友達と行った海で拾った綺麗な貝殻。喧嘩をした時の仲直りの手紙。四つ葉のクローバーのしおり。

この缶に収まるほどしかない宝物達。

そこに入れようとして止めた。これはストラップにしよう。

時計を見ると二時半。

近くに手芸用品店があったはずだ。

紗苗さんに付き合って何度か行ったお店。確かあそこに売ってあった。

ズボンのポケットに最低限のものだけを入れて外に出る。

さっきまで晴れていたのにまた雨が降っていた


店を出たのは三時半頃だった。相変わらず雨が降っている。

店で買ったストラップをポケットに入れて歩いていると、色々な色の傘が見えた。

高校生だ。ああ、もう下校の時間か。

そこで気が付いた。

このまま歩くといつもの河原を通る。

少し考えて今来た道を引き返した。

なんとなく今日は麗奈ちゃんに会いたくない。遠回りになるけど別の道から帰ろう。


この道は紗苗さんと二人でよく歩いた道だ。

ここの家の犬は紗苗さんにすごく懐いていたくせに僕には吠えるんだ。
そう思ったらすぐに犬の声が聞こえた。

ほら、やっぱり。一人で小さく笑ってしまう。

そこに咲いている花は紗苗さんのお気に入りだった。

ここの家の塀には子供の落書きがある。これも昔と一緒。

久しぶりに歩いたが、犬も花も落書きまでもが紗苗さんのいた頃と同じ。

またこの道を二人で歩きたい。どうでもいいような会話をしながら、目的もなく歩きたい。

だけどそんな日はもう二度と来ないから。

紗苗さんの好きそうな物を片っ端から写真を撮っていく。

大きな葉っぱの下で雨宿りをする猫。道端に咲いている小さな花達。
空にかかる綺麗な虹。小学生が大事そうに持っていた綺麗な石も撮らせてもらった。


「ありがとう。気を付けて帰ってね」


手を振ると小学生たちは楽しそうに駆けて行く。

雨はもうほとんど上がっている。

傘をたたんでまた歩き出すと、見覚えのある姿が横道から出てきてまたすぐに横道に入って行った。

一瞬だったが、あれは麗奈ちゃんだ。

向こうは僕に気付いていない。

ここは麗奈ちゃんの家の方、いつも帰っていく方向とは反対の住宅街だ。

どうしてこんなところにいるんだろう。

そう思った時に麗奈ちゃんが消えた方へ走っていく女子高生の姿があった。


「麗奈、ちょっと待って」


かすかにそう聞こえて、理解した。友達だ。

いつも麗奈ちゃんは一人で帰っているから友達がいないのかな、なんて思っていたけど、一緒に遊ぶような友達がいたんだ。

親戚の子が小学校に入学した時と同じような気持ちになる。

二人が消えていった横道を見ると、並んで歩く背中が見えた。
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