あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

彼と彼女Ⅲ

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次の日は晴れたので河原にいた。

先週と同じ時間になると、ギターを弾く僕の隣に静かに腰を下ろす気配がした。

そのまま弾き続け、曲が終わると麗奈ちゃんは「こんにちは」と僕の方を見た。


「うん、こんにちは」

「すごく上手になりましたね」


そう言われて僕は嬉しくなる。

昨日は弾けなかったけど、土日で猛練習したので、その成果が出ていると思うと嬉しい。


「でも、またチューニング狂ってますよ」


……さっきチューニングしたところなのに。

嬉しい気持ちはどこかへ行ってしまった。

何も言わずに弦を鳴らすと麗奈ちゃんが正しい音を教えてくれるが、僕には違いが分からない。

全ての弦が終わると麗奈ちゃんが笑った。


「楽器をしていてチューニングができないって致命的ですね」


その言い方には馬鹿にするような響きは全くなく、だけど可笑しそうに笑っている。

本当にその通りだと思う。

だけど紗苗さんにどんなに鍛えられてもよくならなったので、もう諦めた。

別に人前で弾くわけでもプロを目指しているわけでもない。ただ趣味で弾いているだけだ。


「そもそも僕はギターを弾くつもりなんてなかったんだよ」


言い訳をするようにそう言うと、麗奈ちゃんは僕を見て笑った。


「拗ねないでくださいよ」


冗談交じりに言われて僕も笑う。

なんとなく誰かに聞いてほしくなった。


「耳は悪いし歌は苦手だし」

「そうですね」


はっきりと頷かれるが、今更別に何とも思わない。事実だし。

麗奈ちゃんには悪気はないんだろうし。


「歌うことが大好きな子がいたんだ」


歌うことが好きで、歌を愛し、歌に愛された紗苗さん。

付き合い始めて少し経ったある日、紗苗さんがギターを持って僕の部屋に来たのだ。


「その子は急にギターを始めると言って僕のところに来たんだけど、全然上達しなくてね」

「それで弘介さんが弾くようになったんですか?」

「うん。自分が歌うから僕にギターを弾けって」


最初は自分が音楽をするなんて全く想像がつかなかった。

だけど以外にも僕には才能があったようで、いつからか僕がギターを鳴らして紗苗さんが歌うのが当たり前になっていた。


「だから先週麗奈ちゃんが言っていたのは間違ってないんだよ」

「誰かのために弾いていたのですか、っていうのですか?」

「うん」

斜面の下では小学生がサッカーをしている。


――ボールこっち!

――よっしゃ!


ビブスを付けている方と付けていない方。

多分付けている方が勝つ。

ボールを追いかける姿を眺めていると、麗奈ちゃんが沈黙を破った。


「その人いなくなってしまったんですか?」

「ずっと会っていないよ」


そう、もうずっと会っていない。

死んでしまったとは言えなくて、曖昧にそう言う。

なんとなく気まずくなって、ごまかすようにギターを鳴らした。


「ギター辞めるんですか?」

「え?」


麗奈ちゃんの言葉に思わず手が止まってしまった。

隣を見ると、まっすぐに僕を見つめる瞳があった。

吸い込まれそうな目に僕は何も言えない。


――あはは、お兄ちゃん置いていくよ。

――あ、おい、ずるいぞ。

――こらこら、走ったらこけるわよ。


後ろの道を駆けていく子供の笑い声と、それを注意するお母さんの声が聞こえた。
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