あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

弘介と紗苗Ⅲ

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本を読んでレポートをつけ足したり書き直したりする。

紗苗さんもところどころアドバイスをくれて、一時間半ほどで出来上がった。


「うん、やり直したとは言えないけど、多分明日提出したらこれでいけると思うよ」

「明日?」


面倒なことはさっさと終わらせてしまいたい。

今日提出して帰ろうと思っていたけど……。

そう言うと紗苗さんは言った。


「うん、明日だよ。奥さんと仲直りした後の方じゃないと受けとってもらえないかもしれないから」


なるほど、思った以上に納得できる理由を提示されて、僕は頷くしかなかった。


「本当にありがとうございました」


席を立って深々と頭を下げる。


「そんなに頭下げないで。大げさだよ」


大げさではない。

もし紗苗さんがいなくて一人でしないといけなかったら、僕はきっと何日もかかっていたと思う。

それを考えると、紗苗さんには悪いが、ぶつかってよかったなと思った。


「じゃあ私帰るね」


紗苗さんが立ちあがってドアの方へ歩いて行く。


「紗苗さん」


これでもう会うことがないのかと思うと、思わず声が出た。

紗苗さんが振り返って僕を見る。どうしようかと迷って、覚悟を決めた。


「ここにはよく来るの?」

「うん、ほとんど毎日来るけど、どうしたの?」

「用事がなくてもまた来ていい?」


もうほとんど人がいない図書室に、僕の声はよく響いた。

周りにいる人の視線を感じて恥ずかしい。

顔が熱い。僕の顔は今真っ赤になっているだろう。

多分気付かれている。だけど紗苗さんはそれに何も触れることなく微笑んでくれた。


「もちろん」


そのまま歩いて行く紗苗さんの背中を見送って、僕は再び椅子に座った。

緊張で足に力が入らなかった。手が震えていた。

こんなにも勇気を出したのは久しぶりだった。

そう、確か小学生の運動会でなぜか僕に回ってきたリレーのアンカーをした時以来。

今まで適当に生きてきた。

それなりに頑張って、だけど適度に手を抜いて、欲しいものがあっても苦労をしそうな時は諦めてきた。

だけど、今回は諦められなかった。諦めたくなかった。

今のたった二時間足らずで、僕は紗苗さんのことが好きになっていた。
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