33 / 89
第一章
弘介と紗苗Ⅲ
しおりを挟む
本を読んでレポートをつけ足したり書き直したりする。
紗苗さんもところどころアドバイスをくれて、一時間半ほどで出来上がった。
「うん、やり直したとは言えないけど、多分明日提出したらこれでいけると思うよ」
「明日?」
面倒なことはさっさと終わらせてしまいたい。
今日提出して帰ろうと思っていたけど……。
そう言うと紗苗さんは言った。
「うん、明日だよ。奥さんと仲直りした後の方じゃないと受けとってもらえないかもしれないから」
なるほど、思った以上に納得できる理由を提示されて、僕は頷くしかなかった。
「本当にありがとうございました」
席を立って深々と頭を下げる。
「そんなに頭下げないで。大げさだよ」
大げさではない。
もし紗苗さんがいなくて一人でしないといけなかったら、僕はきっと何日もかかっていたと思う。
それを考えると、紗苗さんには悪いが、ぶつかってよかったなと思った。
「じゃあ私帰るね」
紗苗さんが立ちあがってドアの方へ歩いて行く。
「紗苗さん」
これでもう会うことがないのかと思うと、思わず声が出た。
紗苗さんが振り返って僕を見る。どうしようかと迷って、覚悟を決めた。
「ここにはよく来るの?」
「うん、ほとんど毎日来るけど、どうしたの?」
「用事がなくてもまた来ていい?」
もうほとんど人がいない図書室に、僕の声はよく響いた。
周りにいる人の視線を感じて恥ずかしい。
顔が熱い。僕の顔は今真っ赤になっているだろう。
多分気付かれている。だけど紗苗さんはそれに何も触れることなく微笑んでくれた。
「もちろん」
そのまま歩いて行く紗苗さんの背中を見送って、僕は再び椅子に座った。
緊張で足に力が入らなかった。手が震えていた。
こんなにも勇気を出したのは久しぶりだった。
そう、確か小学生の運動会でなぜか僕に回ってきたリレーのアンカーをした時以来。
今まで適当に生きてきた。
それなりに頑張って、だけど適度に手を抜いて、欲しいものがあっても苦労をしそうな時は諦めてきた。
だけど、今回は諦められなかった。諦めたくなかった。
今のたった二時間足らずで、僕は紗苗さんのことが好きになっていた。
紗苗さんもところどころアドバイスをくれて、一時間半ほどで出来上がった。
「うん、やり直したとは言えないけど、多分明日提出したらこれでいけると思うよ」
「明日?」
面倒なことはさっさと終わらせてしまいたい。
今日提出して帰ろうと思っていたけど……。
そう言うと紗苗さんは言った。
「うん、明日だよ。奥さんと仲直りした後の方じゃないと受けとってもらえないかもしれないから」
なるほど、思った以上に納得できる理由を提示されて、僕は頷くしかなかった。
「本当にありがとうございました」
席を立って深々と頭を下げる。
「そんなに頭下げないで。大げさだよ」
大げさではない。
もし紗苗さんがいなくて一人でしないといけなかったら、僕はきっと何日もかかっていたと思う。
それを考えると、紗苗さんには悪いが、ぶつかってよかったなと思った。
「じゃあ私帰るね」
紗苗さんが立ちあがってドアの方へ歩いて行く。
「紗苗さん」
これでもう会うことがないのかと思うと、思わず声が出た。
紗苗さんが振り返って僕を見る。どうしようかと迷って、覚悟を決めた。
「ここにはよく来るの?」
「うん、ほとんど毎日来るけど、どうしたの?」
「用事がなくてもまた来ていい?」
もうほとんど人がいない図書室に、僕の声はよく響いた。
周りにいる人の視線を感じて恥ずかしい。
顔が熱い。僕の顔は今真っ赤になっているだろう。
多分気付かれている。だけど紗苗さんはそれに何も触れることなく微笑んでくれた。
「もちろん」
そのまま歩いて行く紗苗さんの背中を見送って、僕は再び椅子に座った。
緊張で足に力が入らなかった。手が震えていた。
こんなにも勇気を出したのは久しぶりだった。
そう、確か小学生の運動会でなぜか僕に回ってきたリレーのアンカーをした時以来。
今まで適当に生きてきた。
それなりに頑張って、だけど適度に手を抜いて、欲しいものがあっても苦労をしそうな時は諦めてきた。
だけど、今回は諦められなかった。諦めたくなかった。
今のたった二時間足らずで、僕は紗苗さんのことが好きになっていた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる