あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

弘介と紗苗Ⅵ

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「ありがとう」

「うん」


今更になって少し恥ずかしくなり、素っ気なく頷くと、紗苗さんは全部わかっているようにまた笑った。


パソコンで検索をかけると、ラベンダーの情報はたくさん出てきた。


「私ここに行きたい」


紗苗さんが画面を指さしたので、さらに詳しい情報を見る。

なるほど、花が好きな紗苗さんには天国のような場所だ。


「いつ行く? 飛行機とかホテルとかとらないと」


ああ、泊まるのか。

自分で言ってそこで気が付いた。

北海道だ。まさか日帰りで行けるとは紗苗さんも思っていないだろう。


「紗苗さん、外泊大丈夫なの?」


実家暮らしの紗苗さんは果たして親の許可が下りるのだろうか。

もう大学生とはいえ、大事な一人娘だ。親も黙ってはいないだろう。


「うん、大丈夫だよ。お父さん、こう君のこと気に入ってるから」


はい? 紗苗さんのお父さんが僕を気に入っている? なんで?

考えてみるが思い当たることがない。

紗苗さんはその話は終わりとばかりにカレンダーを見ている。ちょっと待ってくれ。


「紗苗さん、それどういうこと?」

「え? 何が?」


何が? じゃなくて……。


「なんで紗苗さんのお父さんが僕を気に入っているの?」


その言葉に紗苗さんは「ああ」と頷く。


「前に迎えに来てくれた時にお父さんに会ったでしょ? その日の夜に、『あの子なら大丈夫だ』って言っていたらしいの。お母さんが言ってた」


確かに紗苗さんを迎えに行ったらお父さんが出てきたことがあった。

あったけど、あの時はほんの少ししか話をしていないはずだ。それも世間話程度。

それで僕の何が分かったのだろう。


「お父さん人を見る目は確かだから大丈夫だよ」


僕が何も言えないでいると、紗苗さんは卓上カレンダーを僕に見せてきた。


「それより、この辺りなんてどう? ここからここまで、四日間」

「ああ、うん、いいよ」


土曜日から火曜日まで。

授業はどうするつもりだ。なんて口には出さずに、僕は旅行のことだけを考えた。



七月の北海道は思っていたよりも暑かった。

北海道だからって涼しいかと思っていたが、当たり前のことだ。北海道にも夏はある。


「明日にはもう帰らないといけないね」


ベッドに腰かけて紗苗さんが残念そうに言った。


「そうだね」


何でもないように頷いたが、内心焦りまくっている。

今日で三泊目。昨日も一昨日も別々の部屋だったのに、どうして今日は同じなんだ。

しかもダブルベッドだし。

見下ろしていた夜景から視線をそらし、ホテルの予約を取った紗苗さんを見ると、紗苗さんは笑った。


「びっくりした?」


いたずらが成功した時の子供のような笑顔だった。思わずため息が出た。


「びっくりしたよ。どういうつもり?」


別に怒っている訳ではなかったが、少し冷たい声が出てしまった。

ああ、やってしまった。ちら、と紗苗さんの方を見てみる。


「こう君、怒った?」


困ったような笑顔。違う、僕は紗苗さんにそんな顔をして欲しいわけじゃない。


「ごめん、怒ってはないよ。ちょっとびっくりしただけ」


そうだ、別に付き合っているんだから同じ部屋で寝るくらいおかしいことじゃない。


「ごめんね」

「怒ってないって。いいから、ほら、お風呂入ってきなよ」


怒っていないことを紗苗さんに分かってもらうために笑うと、紗苗さんはほっとしたように見えた。
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