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第一章
弘介と紗苗Ⅶ
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窓際に椅子を移動して座ると、もう立てなかった。
自分で思っているよりも疲れていたようだ。
一人になった空間で目を閉じると、この三日間のことを思い出す。
旅行は好きではないけど、思っていた以上に楽しかった。
花には興味ないけど綺麗だったし、ラベンダーのソフトクリームも美味しかった。
オルゴール堂に小樽運河、クラーク博士像も見た。展望台からみた夜景は綺麗だった。
多分、全部紗苗さんと一緒だったからだろう。
明日には帰らないといけない。
そうか、もう帰るんだ。帰ったらレポートを書かないといけないな。
「こう君」
その声ではっとして目を開けると、紗苗さんが立っていた。
髪は濡れている。今出てきたところだろう。
背もたれから体を起こす。ほんの少ししか寝ていないはずなのに頭がすっきりしていた。
「ごめん、寝てたみたいだ」
「ううん、先に入ってごめんね」
「謝らないで」
そう言いながら自分の荷物をあさって着替えを取り出す。
きっちり必要な分だけを入れた着替えもこれで最後だった。
「紗苗さん」
「ん?」
先ほどまで僕が座っていた椅子に座って夜景を眺めていた紗苗さんは僕の声でこっちを向いてくれる。
「また来ようね」
まさか僕がこんなことを言うとは思っていなかったのか、紗苗さんは一瞬驚いたような顔で僕を見た。
言わなかったらよかったかな……。
恥ずかしくなってさっさと浴室に入ろうとすると、紗苗さんが大きく頷いた。
「また来たい。こう君と一緒に」
その言い方は必死で、すごくかわいかった。
驚いたけど同じ部屋でよかった。心からそう思った。
二人で並んで寝ると、ダブルベッドは意外と狭かった。
誰かと一緒に寝るなんて子供の時以来なので、ぬくもりがすぐそこにあるのには違和感がある。
さっき少し寝たからか、あまり眠くならなかった。
「ねえ、こう君」
紗苗さんもまだ寝ていなかったようだ。
同じベッドだと、相手の動きがすごく伝わってくる。
紗苗さんが僕の方を向く気配がする。
「私ね、こうしてこう君と一緒に寝てみたかったの」
顔だけ紗苗さんの方を向けると、暗い中でもぼんやりと紗苗さんが見えた。
その輪郭を指でなぞりたくなる。
ぐっと手を握った時、紗苗さんの手が僕の手に触れた。
「何も、しないの?」
小さな声だった。いつもと少し違う、緊張したような声。
それを聞いて、僕は自分でも驚くほど冷静だった。
「何かして欲しいの?」
真っ暗な天井を見上げてみるが、何も見えない。
電気のスイッチの緑色だけが暗い部屋の中で光を発している。
「……ううん」
「じゃあ何もしないよ」
実際紗苗さんとそういうことをしたいと思ったことはなかった。
ただ紗苗さんと一緒にいるだけでいい。
紗苗さんが望むならまだしも、僕から何かをするつもりはない。
そう言ったら友達は、好きならしたいものだと言っていたけど。
僕はそんなことよりも紗苗さんを大事にしたいと思ったのだ。
紗苗さんの柔らかい手をそっと握る。
「そう」
真っ暗な中で小さな声が聞こえた。
そして、その次の年の夏に紗苗さんはいなくなってしまった。
自分で思っているよりも疲れていたようだ。
一人になった空間で目を閉じると、この三日間のことを思い出す。
旅行は好きではないけど、思っていた以上に楽しかった。
花には興味ないけど綺麗だったし、ラベンダーのソフトクリームも美味しかった。
オルゴール堂に小樽運河、クラーク博士像も見た。展望台からみた夜景は綺麗だった。
多分、全部紗苗さんと一緒だったからだろう。
明日には帰らないといけない。
そうか、もう帰るんだ。帰ったらレポートを書かないといけないな。
「こう君」
その声ではっとして目を開けると、紗苗さんが立っていた。
髪は濡れている。今出てきたところだろう。
背もたれから体を起こす。ほんの少ししか寝ていないはずなのに頭がすっきりしていた。
「ごめん、寝てたみたいだ」
「ううん、先に入ってごめんね」
「謝らないで」
そう言いながら自分の荷物をあさって着替えを取り出す。
きっちり必要な分だけを入れた着替えもこれで最後だった。
「紗苗さん」
「ん?」
先ほどまで僕が座っていた椅子に座って夜景を眺めていた紗苗さんは僕の声でこっちを向いてくれる。
「また来ようね」
まさか僕がこんなことを言うとは思っていなかったのか、紗苗さんは一瞬驚いたような顔で僕を見た。
言わなかったらよかったかな……。
恥ずかしくなってさっさと浴室に入ろうとすると、紗苗さんが大きく頷いた。
「また来たい。こう君と一緒に」
その言い方は必死で、すごくかわいかった。
驚いたけど同じ部屋でよかった。心からそう思った。
二人で並んで寝ると、ダブルベッドは意外と狭かった。
誰かと一緒に寝るなんて子供の時以来なので、ぬくもりがすぐそこにあるのには違和感がある。
さっき少し寝たからか、あまり眠くならなかった。
「ねえ、こう君」
紗苗さんもまだ寝ていなかったようだ。
同じベッドだと、相手の動きがすごく伝わってくる。
紗苗さんが僕の方を向く気配がする。
「私ね、こうしてこう君と一緒に寝てみたかったの」
顔だけ紗苗さんの方を向けると、暗い中でもぼんやりと紗苗さんが見えた。
その輪郭を指でなぞりたくなる。
ぐっと手を握った時、紗苗さんの手が僕の手に触れた。
「何も、しないの?」
小さな声だった。いつもと少し違う、緊張したような声。
それを聞いて、僕は自分でも驚くほど冷静だった。
「何かして欲しいの?」
真っ暗な天井を見上げてみるが、何も見えない。
電気のスイッチの緑色だけが暗い部屋の中で光を発している。
「……ううん」
「じゃあ何もしないよ」
実際紗苗さんとそういうことをしたいと思ったことはなかった。
ただ紗苗さんと一緒にいるだけでいい。
紗苗さんが望むならまだしも、僕から何かをするつもりはない。
そう言ったら友達は、好きならしたいものだと言っていたけど。
僕はそんなことよりも紗苗さんを大事にしたいと思ったのだ。
紗苗さんの柔らかい手をそっと握る。
「そう」
真っ暗な中で小さな声が聞こえた。
そして、その次の年の夏に紗苗さんはいなくなってしまった。
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