あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

卒業Ⅲ

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「弘介さん」


麗奈ちゃんの声ではっと我に返った。

それまで見ていたお母さんの背中から麗奈ちゃんに視線を移す。

真っすぐな麗奈ちゃんの目は僕を見ていた。


「ギターを教えてくれてありがとうございました」

「ああ、うん」


僕は抱えたままだったギターをケースにしまう。

麗奈ちゃんはその間言葉を切って待っていてくれた。


「弘介さんに会えてうれしかったです」

「僕も麗奈ちゃんに会えてよかったよ」


そんな会話で、これで本当に最後なんだと改めて思った。

少しの沈黙が降りた。気まずくない心地のいい沈黙。

この空気は麗奈ちゃんと一緒にいる時しか感じないものだった。


「やっぱり私ではだめですか?」


その言葉は真っすぐ僕に届いた。

麗奈ちゃんのこういうところが好ましい。

高校生だというのにしっかりと自分の意見を言えて、自分の気持ちを言葉にできる。そこが好きだ。

だけど、


「そうだね、麗奈ちゃんではだめだ」


きっぱりと言葉が出た。迷いはなかった。

僕はこの先も紗苗さんを想って生きていきたい。

それに麗奈ちゃんにはもっといい人が現れるはずだ。


「そうですか。分かりました」


そう言って立ち上がる麗奈ちゃん。僕も立ち上がる。

きっとこれで最後だ。

向かい合うと麗奈ちゃんが僕を見上げてくる。

麗奈ちゃんの向こう側に沈んでいく夕日が見える。

逆光になってその表情は見えにくい。


「私が何度好きだと言っても弘介さんは全く相手にしてくれなかった」


決して沈んだ声ではなかった。


「だから、もういいです。私のことは忘れてしまってください」


麗奈ちゃんが風に揺れた髪を耳に掛ける。

忘れろなんて無理な話だ。

だけど、僕は頷くことしかできなかった。

そんな僕を見て麗奈ちゃんも満足そうに頷く。

そして、持っていたバッグの中から何かを取り出した。


「これを弘介さんに」

「この本……」


それは僕たちが出会うきっかけになったあの本だった。


「はい、紗苗さんが好きだった本です」

「ありがとう」


さらっとした表紙を撫でる。嬉しかった。

この本があれば紗苗さんことも麗奈ちゃんのことも忘れないような気がして。


「これが弘介さんが二番目に喜ぶものだと思って」

「なんで二番目なの」


どうして一番目じゃないのか。

思わず笑ってしまった。麗奈ちゃんも笑う。

二人で笑いあうのもこれが最後だろう。


「ちなみに一番目は何?」


僕の問いに麗奈ちゃんはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。


「内緒です」

「そっか」


不思議とそれ以上追及する気にはなれなかった。

僕は置いていたギターを持ち上げて眺める。

ケースが少し汚れているけど大した汚れではない。
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