あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

卒業Ⅳ

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「これ麗奈ちゃんにあげるよ」

「え……?」


僕の差し出したギターを驚いたように見つめる麗奈ちゃん。

この反応は予想できていた。

荷物になるし断られるかもしれないとも思った。

だけどこれは麗奈ちゃんに持っていて欲しかった。

僕の罪はもう僕が自分で持たないといけないから。


「だって、これ、紗苗さんのギターなんですよね?」


信じられないとでも思っているのだろう。

だけど僕はギターを引っ込めない。


「僕はもう弾かないから。麗奈ちゃんが弾いてくれたら嬉しい」

「いえ、だめです。これは弘介さんが持っていた方が紗苗さんが喜びますよ」


そうだったら嬉しい。だけど紗苗さんはきっとそうは言わない。


「弾かない僕より弾いてくれる麗奈ちゃんが持っていた方が紗苗さんは喜ぶよ」

「そうなんですか……」


麗奈ちゃんは少しの間迷っていたいようだったけど、結局ギターを僕の手から取った。


「ありがとうございます。大事に弾きますね」

「うん」


麗奈ちゃんは少し恥ずかしそうにギターを背負う。


「どうですか? 似合います?」

「うん、似合ってる」


そう言いながら、ギターってこんなに大きかったのかと思った。

麗奈ちゃんは僕の言葉に嬉しそうにはにかんだ。

純粋な子だ。この先も幸せに生きて欲しい。

夕日がもうすぐ見えなくなる。

そろそろ帰らないといけない。


「送っていくよ」

「ありがとうございます」


並んで歩く。

これで最後か。

今日何回そう思ったかもう分からない。

僕は確かに悲しみを感じていた。わざとゆっくり歩く。

麗奈ちゃんも何も言わずに僕のペースに合わせて歩いている。

麗奈ちゃんと過ごすこの空気を胸に刻み込む。

今は何も言いたくなかったし、何も言って欲しくなかった。

無言でただ歩いた。いつまでもこの時間が続けばいいと思った。

だけど、そんなことはありえない。いつも別れる場所に着いてしまった。


「あの」


足を止めた僕に麗奈ちゃんが言った。


「もう少し、歩きませんか?」


不安定な声だった。今にも泣きだしてしまいそうな声。

頷いてしまいそうだった。

それに気が付いて、無理やり首を横に振る。


「駄目だよ。もう帰らないと」


そう言うと、麗奈ちゃんは泣きそうな顔で笑った。


「そうですね」


いつもなら麗奈ちゃんが一方的に僕に「では」と言って走って行ってしまうけど、今日は立ったまま動かなかった。

少し経っても俯いたまま動かない麗奈ちゃんに、僕は言った。


「元気でね。幸せになるんだよ」


麗奈ちゃんの小さな頭を軽くなでて僕は来た道を引き返した。

その時に麗奈ちゃんがどんな顔をしていたのか、僕からは見えなかったし、想像もできなかった。



こうして僕たちの穏やかな時間は終わりを迎えた。
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