あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

再会Ⅳ

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十数年住んだアパートの部屋はいつも通りで、さっきの会話の何もかも夢だったんじゃないかと思う。

だけど、ポケットの中には綺麗な字が並んだ小さな紙があり、携帯のアドレス帳は一つ増えている。

どっと疲れていて座り込むとさっきのあずちゃんの声が蘇る。


――弘介さんって麗奈のこと好きですよね?

――少なくとも、麗奈はそれだけの関係だとは思っていませんよ。

――一度会って話してみた方がいいんじゃないでしょうか?


麗奈ちゃんは僕に何を隠しているんだろうか。

僕が呑気にギターを弾いていたあの時、一人で何を抱え込んでたのだろうか。


麗奈ちゃんと会わなくなって少ししてから段々と紗苗さんの夢を見なくなっていった。

それまではほぼ毎日見ていた夢が二日に一回になって、一週間に一回になって、一か月に一回になって、今ではもう夢の中で紗苗さんに会うことは滅多にない。

その度に僕は紗苗さんを忘れていく。

声はもう思い出せない。写真を見てもパッとしない。

思い出の中の紗苗さんはもう僕が作り上げた紗苗さんに成り代わっている。

もう十年が経つ。今更ショックはない。

罪悪感だけは今でも薄れることはないが、それに足をとられることも少なくなった。


紗苗さんの夢を見なくなった代わりに、麗奈ちゃんの夢をたまに見るようになった。

僕の夢の中の麗奈ちゃんは高校生のまま成長しない。

ギターを弾いて歌を歌ってサックスを吹いて、いつまでもあの河原で制服のまま。


この五年間で一度だけ職場の女性と付き合ってみた。告白してくれた年下の女の子。

仕事は少し失敗が多かったが、きゃぴきゃぴとした可愛らしい女の子。

だけどだめだった。

失礼な話だが、手が少し触れただけで吐きそうになった。

その時に女の子と比べてしまったのは紗苗さんではなく麗奈ちゃんだった。

僕は麗奈ちゃんのことが好きなのかもしれない。

分からない。分からないが、ふとした時に浮かぶのは紗苗さんではなく麗奈ちゃんだった。


立ち上がって押し入れの中のスーツケースを引っ張り出すと少し埃っぽくてくしゃみが出る。

大丈夫、埃だけだ。濡らしたタオルで拭いたら使える。

引き出しを片っ端から開けて必要なものを全て詰めていく。


あれから五年以上経っている。高校生だった麗奈ちゃんは大学を卒業し社会人になっている。

もう彼氏がいてもおかしくはないし、結婚して子供がいるかもしれない。


それでも麗奈ちゃんに会って話をしたいと心の底から思った。
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