あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

変わったものと変わらないものⅠ

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「麗奈ちゃん、君が好きだ」


どうしてこんなところに、と思った直後、弘介さんは言った。

最初は何を言ったのか分からなかった。

ここに弘介さんがいること自体幻じゃないかと思ったくらいだ。

だけどその言葉を聞いて幻じゃないことが分かった。

幻だったらこんなこと言わない。私に都合の悪いことなんて言わない。


弘介さんの言葉を理解した時、驚いた。

悲しかった。

そして、許せなかった。


「私は弘介さんが嫌いですよ」


口をついて出た言葉は弘介さんを傷つけるであろうものだった。

弘介さんは呆然と私を見つめている。

当たり前だ。久しぶりに会った自分を好きだった子に、訳も分からず嫌いだと言われたのだから。

それでも他に言葉が出てこなかった。

その場からすぐに立ち去りたかったが足も動かない。

申し訳なさはあった。だけどそれ以上の怒りがあった。

どうして今更私を好きになったのか。

紗苗さんはどうなったのか。

忘れてくださいって言ったのにどうして忘れてくれなかったのか。

どうして、とそればかりが頭の中をぐるぐるする。

頭に血が上っているのが分かる。眩暈と吐き気がする。息がうまくできない。

立っていられなくてしゃがみこむと、弘介さんがこっちに手を伸ばす気配がした。

やめて、お願いだから私に触らないで。

弘介さんの手が私に届く前に、私を呼ぶ声が聞こえた。


「麗奈」


その低くも高くもない冷静な声を聞いて、急に息が楽になった。

はあ、と息をついて、弘介さんの伸ばした手をよけるように立ち上がると、私に並ぶ姿が見えた。


「ひろ君」

「近くまで来たから迎えに来たよ。大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


大学の時から付き合っていて同棲中のひろ君。優しくて穏やかなひろ君。

今の私にはひろ君だけが全てだ。


「麗奈の知り合い?」


ひろ君が弘介さんを見て言った。

弘介さんは何かを言いたそうに私を見ている。

だけど意識してそちらを見ないようにした。


「麗奈ちゃん……」


懐かしい声で私の名前を呼ぶ。

どんな感情か分からないけど、心が揺れた。

少し迷って私は首を振る。何もなかったことにしたい。

会わなかったことにことにしたかった。

ひろ君の手を取ると、私よりもひんやりしていて気持ちが良かった。


「ひろ君、帰ろう」


ひろ君は弘介さんを気にしながらも私が歩きだすと一緒に歩いてくれた。

弘介さんわきを通りすぎる。

その時かすかに懐かしい香りがして、五年前の記憶が蘇る。


――楽器は楽しむことが大切なんだ。それって結構難しいことだよ。

――いつか麗奈ちゃんに釣り合えるように努力をしてくれる人が絶対にいるから。

――僕は紗苗さん以外の人とこの先を一緒に生きるなんて想像もできない。
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