あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

アオイの真実Ⅰ

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翌朝はアラームが鳴る前に目が覚めた。

昨日はいつ寝たのかも覚えていない。

じっとりとした汗が気持ち悪い。

起き上がると隣に寝ていたひろ君が動いた。


「麗奈……?」

「まだ時間じゃないから大丈夫だよ」


私の言葉でひろ君は再び眠りにつく。

私は時間に余裕があるのを確認して、何も着ていない体でシャワーへと向かった。

体はだるい。だけど心は昨日よりも軽かった。

ひろ君がいたら大丈夫。ひろ君がいたら生きていける。

ぬるめのお湯を頭から浴びるといつもの私に戻れそうな気がした。


「おはよう」


服を着て髪を乾かしているとひろ君が起きてきた。

私は中途半端なドライヤーを止めてキッチンへ向かう。


「おはよう。朝ごはん何食べる?」

「今日はパンにしようかな」


昨日の残りのシチューを温めて食パンを焼く。

それを机に置いた時、部屋の隅のギターが目についた。ぎくりとして足が動かなかった。


「週末弾きに行く?」


私がギターを見ているのに気付いたひろ君が、自分のコーヒーと私の紅茶を置いて何気なく言った。

毎週末、用事がなければ近くの河原で弾いていたギター。

サックスはもう止めてしまったけど、ギターはこの五年間ずっと弾き続けてきた。

だけど今はまともに弾ける気がしない。


「うん、どうしようかな……」


曖昧な返事をしてギターに背中を向けて座ると、ひろ君はそれ以上何も言わない。

今日の紅茶はいつもより少しだけ苦かった。


定時で仕事が終わり、何事もなく家に着いた。

玄関に入ってほっと息をつく。

五年前は弘介さんと過ごす時間があんなにも楽しかったのに、今はこんなにも会いたくない。

会いたくないけど、気にかかった。

昨日私が言ったことで傷ついているかもしれない。というか、傷付いているだろう。

ため息と一緒に罪悪感を吐き出す。

靴を脱いでリビングへと向かうと、ひろ君はもう帰っていた。


「おかえり」

「ただいま」


ひろ君の勤めている会社はあまり残業がない。

だから大体いつも私の方が帰りが遅い。

カーテンを半分閉めて日が当たらない場所で携帯を触っている。

私は制服も脱がずにひろ君の隣に座り、もたれかかる。

ひろ君は携帯を机に置いて私の肩に手を回した。


「珍しいね、疲れた?」


疲れたかと聞かれたら疲れた。体ではなく心が疲れている。

朝起きた時はもう平気かと思ったけど、そう簡単にはいかないようだ。


「最近色々あったからね」


ひろ君は自然な手つきで、私の胸元のリボンと一番上のボタンをはずした。

たったそれだけなのに詰まっていた息が少し楽になったような気がする。

ひろ君が飲んでいたコーヒーを一口飲むと、何度飲んでもなれない苦味が口いっぱいに広がる。


「にが」


嫌な顔をしてみせるとひろ君は可笑しそうに笑った。そしてなんでもない口調で言った。
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