あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

あの日のことⅢ

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私の話を聞くと弘介さんは俯いて顔を覆った。

表情は見えないけど、今どんな気持ちなのかはなんとなく分かる気がする。

少しして弘介さんが顔を上げずに震えた声で言った。


「僕は、あの時寝ていたんだ……」


寝ていた?

予想もしていなかった言葉に首を傾げ、それが夏祭りの日だと思い当たる。

何か理由があって遅れたんだろうなとは思っていた。

だけど、寝ていた?


「友達と朝までお酒を飲んでいたんだ。紗苗さんとの約束があることを覚えていた。覚えていて、多少大丈夫だろうという友達の言葉に僕は頷いたんだ」


目の前がかっと赤くなった。

信じられない。信じられない信じられない! 寝ていた? 朝までお酒? そんな理由で紗苗さんを待たせたの?

もし弘介さんが約束の時間にそこにいたら紗苗さんは無事だったかもしれないのに!

もう弘介さんを責めるつもりはなかった。

だけど、言葉が出そうになる。


弘介さんはまだ顔を手で覆ったままだ。


「起きて慌てて向かったらそこにはもう紗苗さんはいなかった。救急車もなくて、犯人もいなかった。残された血痕と警察を見て、嫌な予感がしたんだ」


弘介さんは泣いていた。

私の怒りはその涙を見てさらに大きくなる。

紗苗さんはずっと待っていたのに。来ない『こう君』をずっと待って、刺されて、一人で死んでいったのに。

なんで弘介さんが泣くの。

痛かったのも苦しかったのも寂しかったのも全部紗苗さんなのに。

なんで弘介さんが泣いているの。


「麗奈、落ち着いて」


初めてひろ君が口を開いた。

だけど私はそれを聞いても落ち着けなかった。

怒りで何も考えられなかった。

弘介さんを責める言葉が出そうになる。

握りしめた手の中が痛い。噛んだ唇が痛い。だ

けどそうしていないと自分を抑えられそうになかった。

ひろ君が動いたのか、ギターにつけたストラップがチャリ、となった。

その音ではっとする。手をほどき、目を閉じる。違う、今はそのことじゃない。

遅れた理由がなんであれ、事実は一つだ。

紗苗さんは通り魔に刺され亡くなった。

この場合悪いのは通り魔であり、弘介さんではない。

紗苗さんが死んだのは弘介さんが遅れたせいではないし、その場に弘介さんがいたから死ななかったのかというとまた話は別だ。

紗苗さんの死に対しての責任は弘介さんにはない。分かっている。


「……十年前の話はとりあえず置いておきましょう。私が怒っているのは別です。あなたが紗苗さんのことを忘れて、私を好きだと言ったことが許せないんです」


弘介さんが顔を上げて私を見た。

目が合う。赤く充血した目は私が今まで見たことのない色をしていた。


「紗苗さんのことは忘れていない」


かたい声だった。それはきっと本当なんだろうなと思う。

だけどそれならそうして私を好きになってしまったのか。


「紗苗さんのことは忘れていないし、今でも好きだよ」


弘介さんの紗苗さんを呼ぶときの優しい声が好きだった。

だけど今はそれにすら苛立ちを覚える。
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