あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

五年前Ⅰ

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家に帰った私はコーヒーを二杯淹れた。

それを持ってリビングに向かった時、何かが足りないような気がした。

だけどその何かが分からなくて、少し苦しかった。

もう夕方だけどご飯の準備もせずにひろ君と並んで座る。

いつもは飲まないコーヒーを飲もうと思ったのはなぜかは分からない。


「麗奈、もうちょっとこっちおいで」


ひろ君がそう言って私の肩を寄せる。

どこから話したらいいのかな。

コーヒーを一口飲んで苦味に顔をしかめる。

どうして苦いと苦しいは同じ漢字を書くのだろう、とどうでもいいことを思った。



楽器屋さんでサックスのお手入れをしてもらった後に寄った図書館。

声をかけたのは本当に偶然だった。


窓際の席に座って本を読んでいた私は、何気なく視線をあげ本棚の前でうろうろしている男の人を見つけた。

だけど別に珍しい光景じゃないし、と思い私は再び本を読んだ。

一時間ほど経って本を閉じる。

ずっと手元に置いていた別の本を持って席を立つと、その男の人はまだ本棚の前にいた。

さっきまで読んでいた本を本棚に戻し、私は後ろから声をかけた。

普段だったらこんなことはしないけど、紗苗さんから聞いていたこう君となんとなくイメージとかぶったから。

あの日から五年間、紗苗さんのこともこう君のことも忘れたことはなかった。

ずっとこう君と会ってみたいと思っていたけど、結局それは叶わなかった。

紗苗さんがいなくなってしまったから。


本当にこう君だと思ったわけではない。

ただ、こう君に似ている人が困っているようだから助けてあげようと思っただけ。


「それだ!」


その人が私の持っている本を指さしてそう言った時は本当に驚いた。

それが私が紗苗さんに薦めた、紗苗さんのお気に入りの本だったから。

この人は本当にこう君なのかもしれない。だけど何も確証がなかった。

私はその本を渡した。紗苗さんの好きだった本をこの人にも読んでもらいたいと思った。

そして後ろ髪を引かれる思いで図書館を後にした。


学校帰りに通り道でもないのにそこに寄ってみたのは知っていたから。

紗苗さんに聞いていた。紗苗さんとこう君がギターを弾いていた河原のこと。

紗苗さんが亡くなってすぐの頃はこう君に会ってみたくて、あの日待ち合わせに遅れて理由を聞きたくて、用事がなくても通っていた道。

結局こう君らしき人をそこで見たことはなかった。

最近は行っていなかったけど、久しぶりに行ってみようと思った。

その場所に近づいてギターの音が聞こえてきた時は心臓がどきどきした。

駆けだしたくなるのをこらえて、意識してゆっくり歩いた。
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