あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

旅行Ⅰ

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北海道旅行を予定していた週末、私は一人で空港へと向かった。

ひろ君は用事があるらしく、空港で待ってて、とのことだった。

スーツケースをがらがらと転がしていると、地面を転がる振動で手がかゆくなってきた。

だけど決して嫌なものではない。定期的な振動は心地がいい。


空港について少し待ってみてもひろ君は来なかった。

もうすぐ飛行機の時間になってしまう。

連絡してみようか迷っていると、携帯がなった。


『ごめん、ぎりぎりになりそう。絶対間に合うように行くから先に飛行機乗っておいて』


それに『分かった』と返して飛行機に乗った。

もしかしたらひろ君は来ないんじゃないか、なんてことは一切思わなかった。

自分の座席が見えた時、隣に誰かが座っているのが見えた。

私とひろ君は隣の席のはず。窓と通路に挟まれた二席だってひろ君が言っていたから間違いはない。

席を間違えた?

そう思って近くの座席を見てみるけどあそこで間違いなさそうだ。

怪訝に思って席へ向かうと、その姿を見て思わずため息が出た。


「朝賀さん」

「なんで麗奈ちゃんがここに……」


呼びかけた私に気付いた弘介さんは、驚いている。

あれで終わりだとは思っていなかったけど、まさかこうくるとは思わなかった。


「……ひろ君、ですか」

「うん、飛行機のチケットをもらったけど一つしかないからどうぞって……」


飛行機を降りてしまいたかったが無理だろう。

仕方がない。飛行機を降りたらひろ君に文句の電話をしよう。

ため息をついて荷物を上に上げようとすると、弘介さんが立ちあがって代わりにやってくれる。


「普通そんな嘘に騙されますか?」

「今思えば怪しすぎるよね」


弘介さんはそう言って笑った。

まるであの日の河原で私が言ったことなど覚えていないかのように。


「今じゃなくても十分怪しいですよ」

「うん、そうだね。窓側どうぞ」


勧められるままに席に座ると、弘介さんも私の左隣に座った。

普通に話しているけど気まずくはないんだろうか。

私の言ったことを忘れているんだろうか。

気になったままこうして隣に座っているのは嫌だな。


「気まずくないんですか?」


私の言葉に弘介さんは目を丸くした。そして笑った。


「麗奈ちゃんがそれ聞く?」

「はい、聞きます」


はっきりと頷くと弘介さんは「そうだね」と言った。

その横顔は五年前と何も変わっていないように見える。


「気まずいよ。でもこうして麗奈ちゃんとちゃんと話ができるのが嬉しい」


そういえばまともに話していないな。いつも私が怒っていたから。

だけどあれから二週間。時間を置いたおかげでちゃんと気持ちの整理ができている。

話したい事は全部話したし、もう大丈夫なような気がした。

もしかするとひろ君はそこまで考えていてこの旅行を選んだのかもしれない。


「そうですか」


こうして並んで座っているとまるで五年前に戻ったようだ。

だけどあの頃とはもう何もかもが違う。

私はもう高校生じゃないし、隠していたことは全て話した。

弘介さんはもうギターを弾かない。そして、私のことが好き。

もうあの河原で並んで座ることはないだろう。

あの場所とこの飛行機の中は似ても似つかない。

だけど空気はあの頃と同じだった。
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