あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

旅行Ⅱ

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「ちょっと聞きたいんだけど」


離陸のアナウンスが流れる中で弘介さんが言った。


「何ですか?」

「五年前に麗奈ちゃんが僕のことを好きだと言ったのは嘘?」


まさかその質問が来るとは思っていなかった私はすぐに言葉が出てこなかった。

どうしてそういうことを平気な顔で聞くことができるんだろうか。

思えば弘介さんは五年前から余裕しゃくしゃくだった。


「……そうですね、嘘です」


そう言うと弘介さんはほっとしているような表情を浮かべたような気がした。

不思議に思って見ていると説明してくれた。


「麗奈ちゃんにはもう相手がいるんだから、昔少しでも好きだった男と二人なんてよくないでしょ」


そういうものなのだろうか。

好きとか好きじゃないとか関係なく、男の人と二人でいるのはあまり良くない気がするけど。

だけどこれはひろ君が仕組んだことなので別にいいだろう。

飛行機がついに飛んだ。急な気圧の変化で体に違和感がある。

今までにも何度か乗ったことがあるが、この感じは何度目になっても嫌なものだ。


「着いたらどこに行きますか?」


機体が安定してからそう言うと弘介さんはまた驚いたように私を見た。

何をそんなに驚いているんだろう。

私は何も変なことを言っていないと思うけど。


「帰らないの?」


ああ、そういうことか。


「帰りませんよ。帰りの飛行機もとってますし、せっかくの北海道じゃないですか」


私が弘介さんと二人なのを嫌がってすぐに帰ってしまうと思ったのだろう。

そんなもったいないことはしない。

ひろ君と二人で来られなかったのは残念だけど、北海道旅行はずっと楽しみにしていた。

今楽しんでおかないと次はいつ来られるか分からない。

それに、こんなことを仕組んだひろ君への当てつけるために、美味しいものをいっぱい食べて、しっかり楽しんで帰ろうと思った。


「それで、どこに行くんですか?」


再び聞く。

紗苗さんに聞いていた。弘介さんと二人で北海道に行ったこと。

きっと弘介さんは紗苗さんと言った場所をたどりたいだろう。

そして私も二人が見た景色を見たいと思った。


「富良野でラベンダーですか? 丁度時期ですよ。後は小樽運河ですかね?」


紗苗さんが行きたがりそうなところを適当に言ってみる。

それだけで弘介さんは私の言いたいことが理解できたようだ。


「紗苗さんに聞いたの?」

「詳しい事は聞いていませんよ。ただ北海道に二人で行ったと」


私の言葉に弘介さんは「そっか」と小さく呟いた。

それっきり黙ってしまう。きっと紗苗さんと行った北海道を思い出しているんだろう。

私も黙って窓から、下に見える雲を眺めた。

弘介さんと過ごす時間はあたたかくて優しい。

その沈黙は心地のいいものだった。
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