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第二章
旅行Ⅲ
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飛行機を降りて空港のロビーでまずひろ君に電話をかけた。
『もしもし』
ひろ君はすぐに出た。だけど電話の向こう側が騒がしい気がする。
「ひろ君、どういうこと?」
少し冷たい言い方をしてみるが、ひろ君は悪気がなさそうに笑った。
『今着いたところ?』
「うん」
『北海道ってどう? やっぱり涼しい?』
ひろ君は私の質問に答えることなく関係ないことばかり聞いてくる。
「まだ空港から出てないからよく分からないけど!」
少しだけイラっとして強く言うとひろ君はまた笑う。
向こうからはずっと賑やかな声が聞こえてくる。
『ごめんごめん』
そう笑いまじりに聞こえた後、急に真剣な声になった。
『いい機会かと思って。ゆっくり話しておいで』
その声の変化に苛立ちがどこかへ行った。
ひろ君は本当に私のことを考えてくれている。
それは嬉しい。だけど少し怒っている。
「ひろ君、」
私が言おうとした時に電話の向こうで私の声が遮られた。
『ひろ、何してるんだよ。フラれたお前を慰める会だぞ』
『いや、俺フラれてねえし』
一体向こうで何が起こっているのか、色々な音や声がした後、急に静かになった。
『うるさくてごめん』
外に出たのだろうか、風の音が聞こえる。
「……ひろ君フラれたの?」
さっき聞こえた声は多分ひろ君の大学の時の友達だ。
私も聞いたことある声がいくつかあった。
『フラれてはないはずだけどな』
ひろ君は笑ってそう言った。思わずため息が出た。
「私ひろ君と北海道来るの楽しみにしていたんだけど」
『うん、俺も』
短いその言葉に全てが詰まっているような気がした。
私にひろ君を責める権利はない。少し考えて言う。
「お土産いっぱい買って帰るね」
『楽しみにしてるよ』
「うん、じゃあね」
向こうから「じゃあ」と聞こえて電話が切れた。
こんなことならもっと早く弘介さんと話をしておけばよかった。
そうしたら今ひろ君と一緒にここにいただろうに。
ため息を吐くが、後悔はしてももう遅い。
「行きましょうか。案内はお願いします」
近くにいた弘介さんにそう言うと、弘介さんは頷いて、私の前を歩く。
空港を出た辺りで、カバンの中の携帯が震えたような気がした。
見てみると、泊まるホテルの名前が書いてある。
三日とも同じホテルだ。
小走りで弘介さんに並んでホテル名を告げると、弘介さんは「ああ」と頷いた。
「僕たちもこのホテルに泊まったんだよ」
僕たち。弘介さんと紗苗さん。
弘介さんは迷うことなくバス停まで歩いた。
「あれから十年も経っているけど意外と覚えているもんだね」
バスを待つ間、弘介さんはそう言って笑った。
その目は確かに私を見ているけど、そこに映っているのは別の誰かのような気がした。
今の弘介さんに私は見えていない。
この北海道の景色を通して十年前の紗苗さんと私を重ねている。
その目を見てなんとも言えない感情が込み上げた。
それは罪悪感だったり悲しみだったり、後悔だったり、そうしたものが入り混じった感情。
知っていた。弘介さんが紗苗さんを忘れていないことなんて分かっていた。
「……すみませんでした」
私のその言葉は、到着したバスのエンジン音でかき消されて、自分の耳にすらかすかに届いた程度だった。
だけど、弘介さんは先にバスに乗り込みながら、私を振り返らずに「うん」と頷いたような気がした。
『もしもし』
ひろ君はすぐに出た。だけど電話の向こう側が騒がしい気がする。
「ひろ君、どういうこと?」
少し冷たい言い方をしてみるが、ひろ君は悪気がなさそうに笑った。
『今着いたところ?』
「うん」
『北海道ってどう? やっぱり涼しい?』
ひろ君は私の質問に答えることなく関係ないことばかり聞いてくる。
「まだ空港から出てないからよく分からないけど!」
少しだけイラっとして強く言うとひろ君はまた笑う。
向こうからはずっと賑やかな声が聞こえてくる。
『ごめんごめん』
そう笑いまじりに聞こえた後、急に真剣な声になった。
『いい機会かと思って。ゆっくり話しておいで』
その声の変化に苛立ちがどこかへ行った。
ひろ君は本当に私のことを考えてくれている。
それは嬉しい。だけど少し怒っている。
「ひろ君、」
私が言おうとした時に電話の向こうで私の声が遮られた。
『ひろ、何してるんだよ。フラれたお前を慰める会だぞ』
『いや、俺フラれてねえし』
一体向こうで何が起こっているのか、色々な音や声がした後、急に静かになった。
『うるさくてごめん』
外に出たのだろうか、風の音が聞こえる。
「……ひろ君フラれたの?」
さっき聞こえた声は多分ひろ君の大学の時の友達だ。
私も聞いたことある声がいくつかあった。
『フラれてはないはずだけどな』
ひろ君は笑ってそう言った。思わずため息が出た。
「私ひろ君と北海道来るの楽しみにしていたんだけど」
『うん、俺も』
短いその言葉に全てが詰まっているような気がした。
私にひろ君を責める権利はない。少し考えて言う。
「お土産いっぱい買って帰るね」
『楽しみにしてるよ』
「うん、じゃあね」
向こうから「じゃあ」と聞こえて電話が切れた。
こんなことならもっと早く弘介さんと話をしておけばよかった。
そうしたら今ひろ君と一緒にここにいただろうに。
ため息を吐くが、後悔はしてももう遅い。
「行きましょうか。案内はお願いします」
近くにいた弘介さんにそう言うと、弘介さんは頷いて、私の前を歩く。
空港を出た辺りで、カバンの中の携帯が震えたような気がした。
見てみると、泊まるホテルの名前が書いてある。
三日とも同じホテルだ。
小走りで弘介さんに並んでホテル名を告げると、弘介さんは「ああ」と頷いた。
「僕たちもこのホテルに泊まったんだよ」
僕たち。弘介さんと紗苗さん。
弘介さんは迷うことなくバス停まで歩いた。
「あれから十年も経っているけど意外と覚えているもんだね」
バスを待つ間、弘介さんはそう言って笑った。
その目は確かに私を見ているけど、そこに映っているのは別の誰かのような気がした。
今の弘介さんに私は見えていない。
この北海道の景色を通して十年前の紗苗さんと私を重ねている。
その目を見てなんとも言えない感情が込み上げた。
それは罪悪感だったり悲しみだったり、後悔だったり、そうしたものが入り混じった感情。
知っていた。弘介さんが紗苗さんを忘れていないことなんて分かっていた。
「……すみませんでした」
私のその言葉は、到着したバスのエンジン音でかき消されて、自分の耳にすらかすかに届いた程度だった。
だけど、弘介さんは先にバスに乗り込みながら、私を振り返らずに「うん」と頷いたような気がした。
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