あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

麗奈と弘介Ⅴ

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「私、最低だ……」


本当に最低だ。ひろ君の気持ちを踏みにじって、利用して、そして捨てるんだ。

面倒なことに巻き込むだけ巻き込んで、自分はそっちに行くんだ。


「最低だ」


もう一度呟く。

ひろ君の手が止まって、私の肩を押した。顔が見える。


「麗奈は最低じゃないよ。むしろ利用したのは俺の方だよ。俺と同じ名前の人と何かあったことを知って、その傷に付け込んだ。俺がいなかったらきっと麗奈と弘介さんはここまでややこしくなっていないよ」


それは違う。

ひろ君がいなかったら私と弘介さんはずっとあのままだっただろうし、紗苗さんの手紙も渡せないままだった。

全部ひろ君のおかげだ。

涙を拭ってそう言おうとしたらひろ君が先に言った。


「間違っても俺のおかげだなんて思ったらだめだよ。麗奈が俺の名前に反応したあの時から、俺はこんな日が来ることが分かっていたんだ。分かったうえで一緒にいたんだ。あわよくば、とは思ったけどそんなにうまくいかなかったな」


ひろ君はそう言って笑った。

その笑顔はいつもとは少し違って無理しているように見えた。


「いいんだよ。分かっていたことだから。麗奈の幸せが一番だ。例え隣にいるのが俺じゃなくても、麗奈が幸せになれるならそれでいい」

「……ありがとう」


他に何も言えなかった。ひろ君と一緒にいたい気持ちはある。

だけどそれではきっとひろ君の言う通り、私はずっと弘介さんを引きずって生きていくことになるのだろう。

それがひろ君に申し訳ない、なんて言うつもりはなかった。

そんなのはただの言い訳だ。

ただ私が弘介さんに会いたいだけ。それだけだ。


「ごめんね、ひろ君」


その謝罪を受け入れるようにひろ君は「うん」と頷いた。

そして立ち上がり、時計を見た。


「まだ十時か」


何をするのかと見ていると、ひろ君は私のスーツケースを引っ張り出してきた。


「ほら、座ってないで早く準備しなよ」


え、準備? ってなんの? 今日どこか行く予定だったっけ?

連休は家でゆっくり過ごそうって話だったけど。

そう思いながらそれはもう叶わないことは知っていた。

別れるなら一緒に住むことなんてできるはずがない。

そうなった場合、出て行くのは私の方だ。

この部屋はひろ君の名義だし、別れる原因になったのは私だし。

だけどまさかこんな急に出て行けなんて言わないよね……?

考えているとひろ君は私の着替えを入れている引き出しを勝手に開けながら言った。
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