あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

麗奈と弘介Ⅶ

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電車を降りたのは四時頃だった。

五年ぶりに吸う地元の空気に懐かしさが込み上げる。

懐かしい道を歩き、とりあえず家へと向かう。

弘介さんが今どこにいるのか分からない。

仕事中だろうか。いや、お盆だから多分休みだ。

というか、五年前も一か月前も弘介さんは暇そうにしていた。

働いていないんだろうか。でも五年前に別れるときに仕事決まったって言ってたし……。

そんなどうでもいいことを考えながら歩いていた。


「麗奈?」


突然呼ばれた私の名前。

振り返るとそこにはベビーカーを押した人が立っていた。

どこかで見たことがあるような気がする。


「もしかして、あず?」


高校の卒業式の日を最後に一度も会っていないから、少し自信がなかった。

だけど、多分あずだ。電話で聞いた声と同じ気がするし。


「うん、久しぶり」


やっぱりあずであってた。

ベビーカーで気持ちよさそうに寝ている赤ちゃんに目を向ける。幸せそうだ。


「かわいいね。写真で見たよりずっとかわいい」

「ありがとう。それとお祝いもわざわざありがとう」

「こちらこそ丁寧なお返しありがとう」


赤ちゃんがもぞもぞしてあずは「歩こうか」と言った。

あずと並んで歩く。五年前とは違う空気に少しだけ緊張した。


「麗奈はもうこっちに帰って来ることはないかと思ってた」


本当はそのつもりだった。

弘介さんと顔を合わせたくなかったから。

だけど不思議なことに、私は今弘介さんと会うためにここにいる。


「事情が変わったからね」


詳しいことは話さずにそう言ったのに、あずは「弘介さんでしょ」とあっさり言った。

少し驚いたけど、合点がいった。

そうか、弘介さんに私の会社を教えたのはあずだったんだ。

というか他にいないか。この感じだと全部聞いてるんだろうな。


「ようやく自分の気持ちに気付いた?」


どうもあずも知っていたようだ。

なんでだろう、私分かりやすいのかな。


「うん、ひろ君が背中押してくれた」


私の言葉にあずは笑った。


「ひろ君って麗奈の彼氏だよね? かわいそー」


かわいそうと言いながらも思いっきり笑っているあずを見て少しほっとした。

こうして笑ってもらえた方が少しは救われる。私も、多分ひろ君も。

そう思うのは都合のいいことなのかもしれないけど。

家につく。


「連休中はこっちにいるんだよね? 私も休みの間はうちにいるからよかったら遊びに来てよ」

「うん、ありがとう」


あずが家に入っていくのを見て、私も自分の家のドアを開ける。

うちの匂いがした。


「ただいまー。お母さん、私ちょっと出てくるから」


靴も脱がずにそう言うと、お母さんがぱたぱたとスリッパの音を立てて出てきた。


「久しぶりに帰ったっていうのにすぐ出て行くのね」


責めるような口調ではなかった。

だけど「ごめん」と謝るとお母さんは笑った。


「変わっていないようで安心したわ。気を付けて行ってらっしゃい」

「うん、いってきます」


再び外に出る。

ちょっと家に入っただけだというのにすごく眩しく感じて目を細めた。

弘介さんに会えるのだろうか。あの場所にいるのだろうか。

よく考えると連絡先すら知らない。会う気で来たけど、だんだん会えるのか不安になってきた。

もし会えなかったら私はどうしたらいいのだろうか。

気がつけばもう河原が見えていた。ここにいなかったらどうしよう。そればっかり考えていた。

だけどかすかにギターの音が聞こえた気がした。

気が付いた時には駆けだしていた。はやる気持ちが抑えられなかった。

その背中が見えた時、涙が出そうになった。

いつもならギターの音が止むのを待っていたけど、今日だけは待てなくて。


「こんにちは」


ギターに負けないように少し大きな声を出すと、弘介さんは手を止めて振り返った。

そして私を見て驚いた顔をした後に笑った。


天気のいい夏の日のことだった。
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