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転校してきた玉兎

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「天宮玉兎じゃ。宜しく頼む」

 凛とした声で玉兎は挨拶して、頭を下げた。
 丁寧な挨拶だが、吊り気味で切れ長の瞳に不敵な笑みを浮かべているため、険しい印象がある。
 しかし、服装がいつものバニーガールに似た服装ではなく、国邑高校の女子用の制服はいつもより彼女を穏やかに見せた。
 白いセーラー服に紺の襟と同色のスカート、赤いスカーフ。
 古き良きセーラー服だ。
 ただ玉兎はそれに加えて黒いタイツを履いているため、脚線美がより引き立てられ女子高生とは思えない妖艶さを出している。
 実際は千年以上も生きている妖魔なので、熟女どころの話ではないのだが。
 一刀はハラハラしながらも、こうして玉兎が自分の高校に同級生として入ってくる事を感慨深く思う。
 今玉兎が居るのは一刀達が通う国邑高校の教室。転校生として同級生に最初の挨拶を行っていた。
 因みに玉兎は正式な転校生として、国邑高校の生徒としてこの場にいる。
 妖魔討滅のお役目のために天宮神社は権力者と深い繋がりがある。
 そのコネを利用して必要な書類を一式揃え、入学が許可された。
 因みに書類は全て本物で偽造ではない。正式なルートで作られている。作成を命令した人間が天宮神社の協力者だっただけだ。
 前は討滅対象だったのに、自分の先走りによってという偶然や若気の至りがあるにせよ、こうして仲良く同じ学び舎にいるのは、嬉しい反面、お役目を務める一刀の立場から見れば奇っ怪だ。

「天宮の遠縁に連なる者で、天宮神社に世話になって居る。遠くの田舎者故、しゃべり方がなまり少し違うが気にしないで貰いたいのじゃ」

 なまりと言うより傲岸不遜な態度と性格によるものだが、美人な為にクラスメートの気にはされていないようだ。

「じゃあ空いている席に座って貰おうか。丁度天宮、いや雅と伊庭の間が空いているから座ってくれ」

「わかったのじゃ」

 紹介の挨拶が終わり、玉兎が席に座ると直ぐにクラスメイトの人だかりが出来た。

「玉兎さんはあの雅さんの親戚なのですか」

「そうじゃ、遠縁でのう」

「道理で顔がよく似てる美人ですね」

「ほほほ、よく言われる」

「雅と違って快活ね」

「確かに雅は静かじゃが、優しく気立ての良い女子じゃぞ」

「そういえば前、雅があちこちの部活を回っていたけど、あれ実は玉兎さん?」

「おお、そうじゃ。そんな事もあったのう。実は戯れに雅と入れ替わったことがあっての。妾が代わりに学校に来たのじゃ。その時は謀って済まなかったのう」

「ううん、私サッカー部だけど、そん時の玉兎さんマジで凄かった。ウチの部に入ってよ」

「ほほほ、嬉しい言葉じゃが、妾は気まぐれでな。気ままにふらりと移ろうのが性分じゃ。部活に入っても毎日来るとは限らぬから、辞退いたそう。じゃが、気まぐれに行くことがあるからその時は宜しく頼むぞ」

「上手な玉兎さんなら歓迎だよ」

 一刀は興味ない振りをしてそっぽを向いているが、不要な発言が無いか監視する為に聞き耳を立てていた。
 今のところ質問にそつなく答えているため問題は無いだろう、と一刀は安心する。

「好きな人とかいますか」

「一刀じゃ」

 いきなり不穏な発言が飛び出し、一刀は吹いてしまう。しかし、クラスメイトは一刀の変顔より玉兎の発言の方が気になった

「え、でも、一刀は天宮さん、雅さんの許嫁では……」

 美人なため先輩や同級生から告白されることが多い雅は、一刀の許嫁だと言って断ることが多い。そのため、一刀と雅が許嫁だと知っている人間がこの高校には多い。
 そのため、玉兎の発言は爆弾に等しかった。

「うむ、親同士で決めたことであろうし、本人達の意志を尊重するのがこの世じゃ。しかし、妾の心は一刀にひかれており、それを否定する事は無理じゃ」

 しかし唯我独尊な玉兎はそんな事は空気を読まず、自分の気持ちをスラスラと述べ、一刀の顔を真っ赤に染め上げた。

「で、でも、どうしてそこまで」

「うむ前からただならぬ仲じゃったが、一刀が妾の窮地を救うために大会を棄権して駆けつけてくれたのじゃ。その時妾の心は一刀に奪われてのう。最早、一時も一刀の事を考えない時はない」

 クラス全員の前での玉兎の告白に、クラス中が驚く。
 一刀が全国大会に出たが棄権して戻って来たという話は全校が知っている。
 しかし何故戻って来たかは、一刀が語らなかった為に闇の中だ。
 その理由が二人の女性の為と聞いて、どよめきは大きくなった。

「おい、一刀、どういう事だよ」

 隣にいた男子の同級生が一刀に話しかけてきた。そして声を掛けてきたのは一人では終わらなかった。

「こんな美人を二人も捕まえたか」

「二股かけるとは良い根性だな。一人寄越せ」

「平等の原則に反するぞ」

「どうして一刀に二人も現れるんだ」

「というか前からただならぬ仲って、どういう仲だよ」

 美人の許嫁どころか慕う彼女まで出来て羨ましいという嫉妬心から、クラスメイトの男子達が次々と一刀に迫る。

「どうして二人を助けたんだよ」

「普通は許嫁の方だろう」

「まさかよく似ていたから二人を間違えたのか」

「違うわ」

 強く一刀は否定した。
 クラスメイトの追求は続いたが、一刀が否定以外の言葉を言わず、事情を説明しないために押し問答になってしまっている。
 玉兎が妖魔で雅の中に封印したが、分離して二人に別れた、などと真実を言っても誰も信じてはくれないだろう。
 人は常識やルール、自分の願望から外れた事は信じない。真実よりも信じたい嘘を信じる。正直者が不利益を被る時代だ。
 まして、封印していた理由や分離した方法を言えば、学校内で大問題になるのは必然だ。
 だから一刀は詳しく説明せず、否定するしか無かった。

「で、どっちを取るんだよ」

「どっちって?」

「分かっているだろうが、どちらを嫁に取るんだよ。雅さんと玉兎さん」

 尋ねられて一刀は答えられなかった。
 二人とも大事なのは一刀にとっては明らかなことだ。だから二人のどちらかを取るなどと言う選択肢は頭の中に無かった。
 そもそも人間と妖魔では、法律が適用されるのだろうか。いや、玉兎が人間社会で生きていくならそれ相応の関係を作り公表するのが良いのではないか。
 いや、そんな事は後付けだ。
 自分は玉兎と雅、どちらを愛しているのか。
 どうしたいのか。
 一刀は自問自答したが答えが出なかった。
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