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第二章

24 ~ああ、駄目だな。考えないようにしていたのに

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 ぼんやりと意識が覚醒する、どうやらあのままベッドに倒れ込んで、考え事をしていたら寝てしまっていたようだ。
 智美が体を起こすと、肩からするりとカイ皇子から借りた上着が落ちる、薄着になった肩は寒くてつい上着を引き寄せた。
 重厚な生地で出来た上着はほんのりと暖かな温もりをあたえてくれる、引き寄せた生地の良さを無意識に感じ取りつつ手でなでながら、皇子に返すのを忘れたなあとぼんやり考えながら、あたりを見回した。
 部屋の明かりは消えているのに少し薄明るい、今は明け方なのだろうか…。
 明かりを消した覚えがないのに消えているのは何故なのか、ちょっと不思議に思ったが、変なところでハイテクな技術があるこの世界なので、そんなもんかと思いながらぼんやりとベッドの上から窓の方に目を向けた。
 バルコニーへ出る扉のカーテンがすこし開いていることに気付き、そういえば風呂に行く前にベランダに出て少し外の空気を吸ってから出かけたことを思い出す。そのカーテンをきちんと閉めるのを忘れたようで、扉には大きく外が見えるようにガラスがはめられており、そこから朝焼けの空が少し垣間見えた。
 少し目が覚めてしまった智美は、肩にかけなおした服に袖を通して、ベッドから降りバルコニーへ向かう。
 かたんと音をさせて、バルコニーへ出る観音開きのガラスが大きくはめられている扉を開けると、外の凛とした空気が部屋に入ってきた。
 その空気に誘われるように外へ出てみると、夜明け前の空は濃紺から紫にグラデーションの様にきれいな色彩で広がっていた。
 しばらくそれを見ていた智美の瞳から、静かに涙が流れ落ちていた。

(ああ、駄目だな、考えないようにしていたのに)

 どうして、こんなところに来てしまったのだろう。
 言葉が通じないことに焦りを感じ始めた時に、会話ができるようにしてもらえたから、取り乱さなくてすんだ。
 でも、いくら説明されても、自分がここに何かの使命で来たとは思えなかった。

【清き乙女】全くピンと来ないし、自分がそうだなんてとても思えない。
 夢見る十代のころにこんなことになったのなら、まだ、先を期待していられたかもしれない。
 下手に年を経ているから、ただただおいしい話なんて、あるわけがない、こんな都合のいい夢物語のような話が、平々凡々とした自分に起こるわけがない。
  だいたいおいしい話には、責任やリスクというものが付いてくる。そんな責任重大なものにかかわりたくはないし、リスクをおかす勇気などありはしない。

 何の波乱もなく平穏な気持ちで暮らせればそれでいいと思っていたのに、否応なしに信じられない世界に連れてこられて、不安に思うことを良しとせずに、この世界の知識を得ることで頭をいっぱいにしようとした。

 けれど、本当は不安なのだ。

 自分の立ち位置はどこなのだろう。

 何をめざし何を頑張ればいい。

 自分は、愛子が離さなかったから連れてこられてしまったのではないのだろうか…。

 もう戻ることはできないと言われた、本当にもう帰れないのだろうか。

 間違いで来てしまった私は、一体どうなるんだろう。

 不安に思うけれど、考えないようにしていた事が次々と頭によぎって、とめどなく目から涙が流れ落ちる。




 その時、かたんと少し遠くで音がした。
 何気なしにそちらへ目を向けると、隣の部屋のバルコニーにカイ皇子が寝巻きらしい格好で立っていた。

 何故だろう驚きはしなかったけれど、智美は泣いている顔を見られたくは無くて、部屋へ入ろうと動こうとすると、カイ皇子の澄んだ声で名を呼ばれた。

『サトミ』

 ビクリとして智美が止まると、続きのバルコニーの間にある、簡単な仕切りを軽くのり超えてカイ皇子が近くへ来る。

『どうした』

 そう言って、顔を見られたくないがために、うつむき気味に顔をそむけている智美の頬に、カイ皇子は手を添えて、流れる涙を親指でぬぐう。

 問われた智美は、何をどう答えていいのか分からない。
 今声を出したら、声が震えてしまうだろうということも感じて、何も言葉にすることが出来ない。
 添えられた手に促されるまま顔を上げるが、智美は涙で潤む瞳で、カイ皇子を見つめ返す事しかできなかった。

 見つめ返してきた智美を見て、カイ皇子はしばし智美と見つめあう、頰に添えられた温かい手がさらに熱くなったように智美は感じたが、しばらくするとカイ皇子は不意に目をつぶり、大きく息を吸って吐き出した。

 視線が閉じられて、金縛りが解けたような気がした智美は、身じろぎをする。
 その動きを感じたカイ皇子は目を開けて、頬からはなした手で智美の手を取り、中に入ろうとする智美をとどめる。

『見せたいものがあるんだ、付いてきてくれるか』

 そう言いながらカイ皇子は智美の手をそっと引いて、智美の部屋の中に入ると、そのままドアに向かって歩みを進めた。


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