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最終章

60 〜…私にもわかりません

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 智美は綺麗に着飾らせられて、【アイの泉】の淵に立った。
 以前見た時よりも、水位の下がった泉を見下げると、泉の淵に一段下がった場所より水位が下がって、下がった場所の表面に施されている【文様】がよく見て取れた。ぐるりと見て、そう言うことかと納得する。

『我奉る青龍よ、我に青き流水の力を分け与えたまえ』

 祈る様に智美が唱えれば、天井に張っていた水の天膜から、水が滴る様に智美の元に降りてくる。
 シャボン玉の様にゆらゆらと揺らめいて落ちてきた水の玉は、掲げて待つ智美の手に触れると、智美は一言唱えた。

『筆記』

 その言葉に呼応して玉は智美の手のひらでステッキの様に棒状になった。
 それを握りしめて、智美は泉の一段下がった場所へ降り立って、手に持つ棒の端を持ち、降りた場の【文様】をなぞり出した。

 その様子は、近くにいるランソルデや、女性青泉使達には見えているが、この場に近寄ることの出来ない、カイやアル皇子、側近のタンザにミエル、念のために呼ばれたジーサには、以前の様に大きく開いた廻廊の扉から見るしか無いので、智美の仕草は何をしているのかよくわからなかった。

 智美が【文様】をなぞりながら泉の淵を一周し、淵に上がる。

 まだ手にしている棒で今度は空中に【文様】を書きしるし、書き終わると手の棒は消え、その手をふいっと振ると、【文様】は泉の中央へ飛んでいき、泉を覆う様に広がり【文様】が展開する。
 網がかかった様に薄らと光ながら泉の上を展開する【文様】の上に智美は足を進めた。

 泉の中央に立ち智美は一呼吸すると、【言祝ぎ】をかけはじめる。


『「いろはにほへと

 ちりぬるを

 わかよたれそ

 つねならむ

 うゐのおくやま

 けふこえて

 あさきゆめみし

 ゑひもせす」』


 智美の言葉が光の文字になり宙を帯の様に舞う。
 それはいわゆる、’いろは唄‘だった。

 今在使われている青魔晶の儀式は、龍妃の献身的な研究で、こちらの言葉と文字を、日本語と識字しているものと置き換える【言の葉】をかける様になっている。
 だがそれだと、いわゆる【言祝ぎ】で使用されるいろは唄である日本語が分からなくなってしまう。
 かと言って、この【言の葉】をかけねば、言葉、字を覚えるのに苦労するし、時間がかかる。

 龍妃は、記憶を戻してもらう事を念頭に置いていたため、自分用に指環の青魔晶を使った核には、先に述べた置き換える【言の葉】を組み込んでいなかった。
 それをわかっていた青龍が、龍妃の記憶の中の日本語に関する記憶と、関連づいている【言祝ぎ】についての知識の記憶を抜き出し、改て青龍が用意した青魔晶の核に組み込んで、智美に渡したのだ。

 龍妃が最初に青水樹での分配を考えたときは、いろは唄は使われていなかった。とてつもなく大きい青魔晶を核として、アイの泉の青泉水の力を、盤園中に行き渡らせ、青水樹と言う拡散器で、樹木の様に張った根から大地に力を広く注ぎ込んでいる。紺色に濃く艶やかな葉は、泉の力を蓄積し力を高め、魔力をより強力な器へと成長、調整、修復などの力に使われている。
のちにそこに、龍妃はいろはの文字を核へ刻み、アイの泉の【文様】で、明確に送り先をつなげた事により、より多くの力が盤園中に行き渡るようになったのだ。

 智美の放った【言祝ぎ】の光の帯はくるりと円を描き、泉の淵の上を漂い浮いてその動きが止まった時、智美は言葉を紡いだ。

『この唄を用いて、我はこの泉を祝福す』

 その言葉が放たれたと同時に、円を描いていた光の帯は、下がっていき、先ほど青龍の力で書いた【文様】に重なっていく、ピタリと重なった時泉全体から光の柱が上がっていき、天膜に光の柱が当たりより一層光り輝き、目を向けていられないほどの光量を放った。

 そして、目を向けられるほどの光量に落ち着いた時、そこには以前の様に天膜から水が波紋もなく降り注ぐ様に落ちるのみで、光の柱の中に居た智美の姿は無かった。








『何故、此処に来たのだ』
『…私にもわかりません』
『………』
『………』

 智美が白い視界になれたと思った時、声をかけられた。
 声をかけた相手は青龍で、問われたので智美は素直に分からないと答えた。
 無言で見つめ合っていた二人だったが、青龍がふうと息をついて、言葉を繋いだ。

『藍が残した【言祝ぎ】には、術が完了後に我のところに来る様に構築してあったか…』

 その言葉に、ああと智美は納得する。
 そこに、青龍は呆れた様子で空を見て、空に手をかざしながら声を発した。

『何だか面白い事になっておるな、
 うるさくて敵わないから早く帰れ』

 青龍がかざした手の先の空間に画像が現れる。
 そこには、アイの泉の建物の前で、建物への侵入を阻む見えない壁を叩き、わめき騒いでいるカイが映し出されていた。

『他の者は、また我に呼ばれたくらいに思っている様だが、そんな事もカイゼジャールは許容できない様だな』

 青龍に見せられたカイの様子を智美は複雑な気持ちで見る。
 智美は分かってはいるのだ、カイから固執されていることは、それが好意であるのもわかってるのだけれど、ああも思われているのが自分だと言うことが、己に自信がない智美は信じ切れていないでいる。
 泉侶という何だかよくわからない運命の相手というものが、自分だから好かれているのだろうな、としか思っていない。
 それに、カイがあそこまで取り乱すのは、智美がはっきり好意を、口にしていないからなのだろうなと思う。

『何だか、嬉しそうでは無いな』
『え?』
『たいがい泉侶である者は、相手の求める行動を嬉しそうにしているものだが、お前はそうは見えないな』

 その言葉に智美は俯く、そんな様子をじっと見つめる青龍であるが、智美は別盤者であるので、気持ちを読み取ることは出来ない。

 青龍は、智美の頬にそっと手を伸ばし、顔を向けさせる。

『この前とは違い、混じり合った気が身体に満ちているのに…そんなに、言葉が必要なものか』

 青龍の問いに、智美は素直に答えた。

『私が気にしすぎなんだとは、わかっているんです。
 でも、多分言葉にされたとしても、この不安は拭えないのだと思います」

 そうはっきりと言う智美を、ジッと見ていた青龍であったが、ふっと気の抜けた様な薄い笑みを見せた後、智美に顔を近づける。

 智美は疑問に思いながらも、じっとしていれば、青龍は頬に当てていた手をずらし、智美の後頭部をガッと掴み、舌を入れる口付けをしてきた。

 驚いて智美は抵抗しようとするが、幾ら争っても侵入された舌は、智美の上顎をじっとりと触っている。
 暫くして、離された智美は力一杯争っていたためかグッタリしていた。争っていた中に、どんなに閉じようとしても、顎が動かなかった事もある。

『と、突然何を…』
『上顎に、何かないか?』
『?』

 言われて、舌で自分の上顎を触ると、何かつるりとした丸い出っ張りが有るのがわかる。

『我の力の一部だ。それが有る間は、我の能力の一部が使える』
『え、何でそんな事』

 智美が、青龍の行動に途惑っていると、青龍はふっと笑っていった。

『藍が願っていた【言祝ぎ】の掛け直しをしてもらった礼だ。
 さあ、奴が待っているさっさと帰れ』

 そう言って、智美が礼を言う前に、青龍は手をかざして、智美をカイゼジャールの元に返した。





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後書き

ご都合主義かも/汗
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