【番外編更新中】桜の記憶 幼馴染は俺の事が好きらしい。…2番目に。

あさひてまり

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中学生編side蓮

13.遥

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「な…んで…。」

「…気持ち悪かった…?」

そう聞いたのは、晴の性格からして俺の問いにイエスと答える事はできないと分かっていたから。

晴の優しさにつけ込んだ、狡い質問。


ずっと抑えてきた触れたい衝動がここで爆発するのは自分でも想定外だったが、後には引けない。

それなら『嫌悪感が無い』と言葉にさせる事で、本当にそう思っていると錯覚させる。

さっきのキスで分かったが、晴は恐らく快楽に弱い。

頬を上気させ、瞳は潤み…未だに余韻を引きずる姿は目に毒な程だ。

それを利用して、キスよりもっと先にある『気持ちいい事』を教えていけばいい。

夢の中のように啼かせて、俺が与える快楽を求めるようにして。


そうすれば、晴は俺から離れられなくなるーー。





だけど、俺は忘れていた。

頭と顔をフルで使えばめったに狂わない俺の計画。

それを常にブチ破って来るのが晴だと言う事を。



「うっ」

仄暗い俺の思考を現実に引き戻したのは晴の声だった。

さっきまでの色っぽさは消え去り、ボンッと音がしそうな程赤くなったかと思うとーー


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


叫びながら踵を返して全速力で逃げて行く。


「……は?」

予想外で、暫く動けなかった。

あれだけ蕩けた顔をしておいて、一瞬で戻るその切り替えの早さと、逃げられた現実に呆然とする。


逃げたって事はつまり『気持ち悪かった』って
事か…?

ショックを受けるのと同時に、逃げる直前に晴が赤面していたのを思い出す。

いや、でもあれは…嫌悪って言うよりも羞恥だったよな?

それとも、俺の願望が見せた幻だろうか。


「…分かんねぇ…。」


頭を抱えてしゃがみ込む俺の頭上で、桜の花弁がフワリと舞った。






翌日から、晴に徹底的に避けられた。

朝は先に行かれるし、休み時間も放課後も捕まらない。


…いや、違うな。

俺が本気で捕まえる気が無い。

本気なら、家を知っている訳だから夜に訪ねればいいだけだ。

そうしないのは、晴に避けられるのが初めてである事。

そして、温厚な晴がそこまですると言うのは…俺に対して怒っていると言う事だろう。


数週間もその状況が続くと、深い後悔に苛まれるようになった。


どうしてあの時、衝動を抑えられなかったのか。

他にもっとやり様があっただろ…。


俺は自分が馬鹿である事をこの時初めて知った。

そして、晴に謝らなければと思うのに拒絶が怖くて踏み出せない現状。

マジで、終わってんな。




「来週から修学旅行だが、京都だから安心していい。霊泉家は手出しできないからな。」

だから、そんな風に親父が話して来た時も上の空だった。


霊泉家は大正時代に一度、断絶の危機に瀕した事があるらしい。

その原因が京都のある一族との抗争に負けた事によるもので、それ以来その一族のいる京都には近付かないそうだ。

因みにその一族は権力を持ち続けながらも、霊泉家とは違い真っ当な感覚で現代社会を生きている。

霊泉家潰しに協力する気はないものの、今は亡き切藤理事長と親父の打診で『我が一族は霊泉家が京都こことその地に住まう者に干渉する事を許さない。』と言う譲歩は取り付けたそうだ。

「つまり、私達のようなが危ない時は逃げ込んでもいいと許可をくれた訳だ。…京都の言い回しは難解だな…。」



そんな話を聞き流していても、必要な情報は動画としてしっかり頭の中に入っている。

便利な脳味噌だが、晴に関する事でもっと上手く働けよと思う。


親父が部屋を出て行った後、ベッドに寝転んでスマホを見るとLAINが来ていた。

勿論晴からなんて事はなく、部活のグループトークと遥からだ。


『霊泉家と京都の事聞いたけどーー』

と言う内容で、続きを読む為にトーク画面を開く。

どうやら親父は遥にもさっき聞いたのと同じ説明をしていたらしい。


『それと、これまでのLAINシカトしすぎじゃない?結構重要な事言ってるんですけど?』


その文に、晴との事を煩く言われてからずっとスルーしていた事を思い出した。

ブロックするのも面倒で放置していた遥のトークは、未読が15件。

遡って読んでみると、殆どが俺と晴に関する事だった。

距離を取るべきだとか何とか。

やっぱウザ。読むんじゃなかった。


そう思って画面を閉じようとしたが、俺と晴を離したい理由について書かれた内容に瞠目する。


『理由を言わなかったのは悪かったわ。だけど、私がそう言っても蓮には伝わらないと思ったの。』


そして、長く続く文章を下にスクロールして驚愕する。


『好きなの。』



それは、遥の気持ちも想いも伝わって来るような真摯な文章。


「……マジかよ……。」


遥の文は『きちんと話したい』で終わっている。


それを数ヶ月放置していた事に、流石に罪悪感を覚えた。


『明日の夜は?』

『例の場所ね。了解。』


短いやり取りで意思疎通できるのは、俺達が一緒にいた時間を物語っている。

『邪魔な存在』ではなく、『もう1人の幼馴染』として遥を意識したのはこれが初めてだった。









「アンタねぇ、LAINちゃんと返しなさいよ。」

「あー、悪い。」

静かな神社に、俺と遥の声だけが響く。

当然だが桜はすっかり散り、ここで晴にキスした事が随分前の事のような気さえしてくる。

「まぁ、話してくれる気になっただけでもマシだけど。…私の気持ちなんか全然1ミリも気付いてなかったんでしょうし。」

「いや、気付かねぇだろ。」

「嘘ばっかり。だけでしょ。アンタは晴の事しか興味無いもんね。」

その通りすぎて部が悪いな。

「…好きって、いつからだよ。」

「分かんないくらい前からずっと。…仕方ないじゃない、物心付いた時にはもう側にいたんだもの。」

泣き笑いのような表情に、腹の底が揺れた。

俺が晴を好きだと自覚してから6年。

遥はそれよりずっと前から、誰にも言わず恋心を抱えていた事になる。


だけど、言わなければならない。


「お前には悪いけど…」「言われなくても分かってるわよ。」

俺の言葉を遮った遥の瞳から、一筋涙が流れる。

「…あんな可愛い生き物に叶う訳ないって…事…くらい…。」

語尾が震えて、ハラハラと雫が散った。

いつも自信満々で、引くほど気が強い遥が初めて見せた弱い表情。

それは俺の中に不思議な感情を生んで…気が付くと手を伸ばしていた。

自分より少し低い位置にあるその頭に手を置いて、宥めるように軽く叩く。

涙目で見上げてくる遥の長い黒髪が風でサラリと揺れた。

ほんのり花のような匂いが漂って、そういえばコイツ女だったんだよなぁ、なんて思う。

「…今、凄い失礼な事考えてない?」

ジロリと睨んでくるこの鋭さが煩わしかった。

いつもいつも、痛い所を突いて晴を俺から取り上げる邪魔な存在。


だけど……何の躊躇いも無く思いのままに言葉をぶつけられる存在でもあった。

それは、俺が遥に興味が無い事もあったが、おそらく本当はもっと深い所に理由があって。


「アンタの考えそうな事なんか分かってんのよ。」


フンと鼻を鳴らす遥は、俺の事を良く理解していると思う。

その証拠に、表情に出ていないはずの感情を読み取られる事が度々あたし、アイコンタクトで意思疎通できる事もあった。

最も、生まれた時から一緒にいる能力の近い子供が『共通認識』の元で成長していけば、それは珍しい事ではないかもしれない。

俺達は『晴を守る』と言う暗黙の了解の中でお互いの考えを見抜き、理解してきた。

大きく違ったのは、晴に関する事でのみ協力関係にあればいいと思っていた俺に対し、遥は俺自身にも興味を持って接していた事。

もし俺が同じようにしていたら、俺達の関係性は今とは違ったものになっていたかもしれない。


少なくとも、遥の気持ちに気付かないなんて事はなかったはずだ。


「まぁ、いいわ。…で、アンタは晴と何があったのよ。」

その問いに内心ギクリとする。

晴にキスして逃げられた事は勿論遥に言っていないし、言うつもりも無い。

つーか、この状況で言う奴いたらアホじゃね?

そんな俺の心情に構わず遥は続ける。

「おかしいでしょ、蓮が晴以外に優しいなんて。」

それは、さっきの俺の慰め行動に対する感想か。

「失礼じゃね?俺誰にでも優しいから。」

「嘘すぎてツッコむ気力もないわ。どうせ晴の気持ち考えずに何かしちゃって後悔してんでしょ。
『反省』って言葉の意味、やっと分かるようになった?」

偉そうなその態度はさっき泣いていたのとは別人級だ。

「うるせぇな。俺の優しさ無下にしてんじゃねぇ。」

「私に気使ってるって事…?ほんと、どうしちゃったのよ?」

目を丸くした遥はそれでも続ける。

「晴が蓮を避けるなんて今までなかったじゃない。私は大事な『弟』が心配なの。
…それから『幼馴染』の事もね。」

少し笑いを含んだ目で見つめられて、心の奥が揺れた。


長く永く想い続けた恋心が叶わないと知ってなお、周りの人間の事を考えられるのか…。

それは俺には到底不可能に思えた。

遥は強い。

強くて、そして優しい。

「お前、凄ぇな…。」

思わずそう溢すと、遥は笑った。

「ずっと一緒にいたのに、今頃気付いたの?
ほら、何があったか話しなさいよ。蓮に足りないのは人に頼る事と、周りの意見を聞く事ね。
晴に関する私の考えはどう思う?」

LAINで知った遥の想いと、今自分が置かれている状況を鑑みて渋々頷く。

「多少は、理解できる…。」

「多少どころか全面的にご理解いただきたいけど…まぁ、分かろうとしてくれただけ進歩かしら。」

そして、肩にかかった黒髪をサラッと後ろに払って言った。

「じゃあ、晴とは少し距離を置いて。代わりに私と一緒にいてよね。」

「…お前、それでいい訳?」

「いい。だって…思い出も作れるし。これからは頻繁に蓮の家行ってもいいわよね?」

一瞬切ない顔をしたと思ったら、急に強気になった遥に溜息を吐く。

「はぁ。…好きにすれば?」


そのニュアンスが、いつもの『どうでもいい』とは違う事に俺は気付いていた。

それは、嬉しそうに笑った遥もーー。



この日を境に俺と遥の会話は増え、一緒に居る時間も長くなっていく。

それは思っていたよりずっと心地良く、やがて安心感すら覚えるようになって。





俺と遥の関係が大きく変わり…幼馴染3人の関係も変化した15歳の春。



無邪気に遊んでいた頃の俺達を知る桜の木だけが、ずっと変わらないままだった。



●●●
side晴人中学生編の4話で晴が蓮にキスされた後ワタワタしてる間の話です。





























晴人が蓮を避けてる時(side晴人の方)に遥の描写がほとんど無かったのは、避ける対象である蓮と遥が一緒にいたからです。
晴はパニック状態なので、遥の事まで気が回らずその事に気付いてません。








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